2016年8月22日月曜日

シン・ゴジラ

 今夏公開された映画シン・ゴジラは前評判が高く、実際その期待を裏切らない。
 この映画の特長の一つに危機に際して日本社会の意思決定の様子が描かれている点にある。

 後にゴジラ(Godzilla)と命名される巨大不明生物が東京湾に出現し想定外の事態が発生する。
 これに対処するに、前半部分では学者の紋切り型の論評、政治家のパーフォーマンス、官僚の縦割り行政への固執などが面白おかしく皮肉をこめて撮られている。
 ところが事態が深刻化する後半部分では政官が一致団結して巨大生物対策にあたる。
 各省庁から ”はぐれもの” 扱いされていた官僚たちが対策本部に集められ本部長から下記趣旨の訓示を受ける。

 「この未曾有の災害に全力で対処願いたい。なお本件については従来の人事考課は適用しない。」

 この訓示の効果はてきめんでセクショナリズムから解放された官僚たちはもてる能力をフルに発揮し見事ゴジラの凍結作戦に成功する。

 綿密なプランと的確な意思決定で事態が急転直下解決する。現実には起こりえないであろうことが起こる。
 意思決定システムの面白さとともにカタルシスを得られる映画である

2016年8月15日月曜日

終戦記念日

 今日は終戦記念日、例年この日に注目されるものの一つに政治家の靖国神社参拝がある。
 今年は超党派国会議員70名などが参拝したが、首相、外相、官房長官は参拝しなかった。防衛相はアフリカ出張中。
 2005年4月当時の中国の王毅駐日大使が自民党本部で首相、外相、官房長官 以上3人は日本の顔であり靖国参拝を遠慮する紳士協定ができていると発言したことが伏線となり、以来中国側は首相、外相、官房長官の靖国参拝を強く牽制してきた。
 ところが今年はこれに防衛相も加わった。中国は稲田防衛相を極端な右よりと判断して牽制したのだ。
 中国を不必要に刺激したくない現政権および中国と利害関係にある産業界、それに極東にあらぬ波風をたててもらいたくない米民主党政権は日本の対応に安堵の胸をなでおろしていることだろう。
 このような露骨な中国の内政干渉を日本政府は受け入れ同盟国のアメリカもこれを支持している。
 中国、アメリカおよび日本政府はこれでよしとするだろうが日本国民はこの政府の判断に心底から賛成しているのだろうか。

 似たようなことが尖閣諸島でもおきている。中国の漁船と海警局の公船が頻繁に領海を侵している。
 中国の真意は定かでないが尖閣諸島を領土問題化にすることがその目的の一つであるという見方がある。
 これに対し日本は尖閣諸島に領土問題は存在しないというのが一貫した立場である。
 ところがここでも中国と波風を立てたくない人がいる。親中派といわれる元外交官の孫崎氏などの尖閣諸島棚上げ論者である。 彼らも尖閣諸島は日本の固有領土であると考えるが、中国も同じように主張しているのだから棚上げしようというのだ。
 アメリカは固有の領土とか主権には関知せずと明言している。アメリカは施政権を問題にし尖閣諸島は日本の施政下にあるとの立場だ。アメリカ合衆国の成り立ちを考えれば固有の領土という概念にはなじまないのだろう。
 島国であるわが国は固有の領土という意識が強い。だが中国にしてもアメリカにしても領土をわが国ほど固定的に考えていないようだ。
 尖閣諸島を奪取するためにもまずこれを領土問題化・棚上げに成功すれば中国の思惑通りになる。棚上げで領土問題が決着するなど夢にも考えられない。
 領土問題はイギリスのチェンバレンがヒットラーに譲歩したように弥縫策が最悪の結果を招くことは歴史が証明している。
 とるにたらない小っぽけな土地をめぐる争いについてシェクスピア劇ハムレットの一幕は、領土問題が単に経済的・軍事的問題ではなく国家の尊厳にかかわると示唆している。尊厳をなくした国家に明日はないことは言うを俟たない。

 「あの兵士たちを見ろ。あの兵力、厖大な費用。それを率いる王子の水ぎわだった若々しさ。
 穢れのない野望に胸をふくらませ、歯を食いしばって未知の世界に飛び込んで行き、頼りない命を、みずから死と危険にさらす。 それも、卵の殻ほどのくだらぬことに・・・いや、立派な行為というものには、もちろん、それだけの立派な名文がなければならぬはずだが、一身の面目にかかわるとなれば、たとえ藁しべ一本のためにも、あえて武器をとって立ってこそ、真に立派と言えよう。
 そういうおれはどうだ? 父を殺され、母をけがされ、理性も感情も堪えがたい苦悩を強いられ、しかもそれをそっと眠らせてしまおうというのか? 
 恥を知れ、あれが見えないのか。二万のつわものが、幻同然の名誉のために、、まるで自分のねぐらにでも急ぐように、墓場に向って行進をつづけている。その、やつらのねらう小っぽけな土地は、あれだけの大軍を動かす余地もあるまい。戦死者を埋める墓地にもなるまい。」
(シェイクスピア 福田恒存訳『ハムレット』)

 
 終戦記念日が来るたびに靖国と尖閣、この二つの問題について考えさせられる。事態は年々悪化の一途を辿っているように思える。

2016年8月8日月曜日

揺らぐEU 6

 ギリシャ危機、英国の離脱、移民問題などで動揺が拡がり、イスラム過激派のテロや勢力を増している反EU派の台頭を見るにつけ、EU解体が絵空事ではなく現実味をおびてきている。
 この背景にはひとりEUにとどまらず世界的なグローバリズムがもたらした弊害にたいする中・下流階級のエリート層への反乱がある。
 もともとEUは第二次世界大戦の惨禍を二度と繰り返さないという崇高な目的のために結集されたものでありそれ自体人類の英知の所産である。
 統一通貨ユーロも人々の賛同を得、一時は準備通貨として米ドルをもしのぐ勢いであった。
 ところが世界経済が順調に成長過程にあるうちはよかったものの停滞過程にはいると内なる矛盾が一気に噴出した。
 2008年のリーマンショックを機に世界が不況に突入すると、EUという限られた世界での矛盾はより鮮明に浮き彫りにされた。
 ヒト・カネ・モノ・サービスが自由に移動するEU域内では勝者と敗者がはっきりする。一人勝ちのドイツと敗者のギリシャなどの南欧諸国という構図である。
 EUは統一通貨であるため勝者はその利点をフルに享受できるが敗者は立ち直る機会まで奪われてしまう。為替安の恩恵にあずかれないからである。
 EUの中で不満の矛先はともするとドイツにむけられがちである。
 ドイツはもちろんEUを揺さぶろうなどと考えているわけではなく、むしろドイツはEUの団結をどの国よりも望んでいると思われる。ドイツがEUシステムからの恩恵をどの国よりも享受しているからである。下図はそれを雄弁に物語っている。

            ユーロ圏主要4カ国の相手国・地域別貿易収支の推移

第1-2-2-15図 ユーロ圏主要4か国の相手国・地域別貿易収支の推移

 このようなドイツの一人がち状態は必ずしもドイツにいい影響をあたえなかった。
 ドイツは意識すると否とにかかわらず他のEU諸国を支配したがるようになった。
 EU25カ国に対してドイツ主導で財政規律を各国の憲法に明記する協定に合意したが、これなど他のEU諸国をリードするというより自らのやり方に従わせることにほかならない。

 ドイツを歴史的・人類学的に観察してきたエマニュエル・トッドはドイツの危うさを指摘している。

 「ドイツの権威主義的文化は、ドイツの指導者たちが支配的立場に立つとき、彼らに固有の精神的不安定性を生み出す。
 これは第二次大戦以来、起こっていなかったことだ。歴史的に確認できるとおり、支配的状況にあるとき、彼らはしばしば、みんなにとって平和でリーゾナブルな未来を構想することができなくなる。
 この傾向が今日、輸出への偏執として再浮上してきている。(中略)
 毎週のようにドイツの態度のラディカル化が確認されるのが現状だ。
 イギリス人に対する、またアメリカ人に対する軽蔑、メルケルが臆面もなくキエフを訪れたこと(14年/8月)・・・。
 ドイツがヨーロッパ全体をコントロールするためにフランスの自主的隷属がきわめて重要であるだけに、フランスとの関係のあり方が現実を露見させていくだろう。
 しかし、すでにわれわれは知っている。強襲揚陸艦ミストラルのフランスからロシアへの売却をめぐる事件で分かったのは、ドイツの指導者たちが、今ではフランスに対して、フランスの軍事産業で今日残っているものを処分してしまうように求めているということだ。
 ドイツの社会文化は不平等的で、平等を受け入れることを困難にする性質がある。
 自分たちがいちばん強いと感じるときには、ドイツ人たちは、より弱い者による服従の拒否を受け入れることが非常に不得意だ。 そういう服従拒否を自然でない、常軌を逸していると感じるのである。」
(エマニュエル・トッド著堀茂樹訳文春新書『ドイツ帝国が世界を破滅させる』)

 エマニェエル・トッドの見方から類推すればドイツこそ揺らぐEU、反乱するEUの元凶ということになる。
 が、そのドイツにも最近翳りが見え始めてきた。
 ドイツ銀行のLIBOR不正(銀行間取引金利の不正操作)とフォルクスワーゲンの排ガス不正は一人勝ちしてきたドイツ経済に暗雲をもたらしている。
 健全そのもののドイツ政府の財政は、民間最大のドイツ銀行にその不健全さを肩代わりさせているのではないかという指摘さえある。
 ドイツ主導の緊縮財政がゆきずまりいつの日か転向を迎える日がくるであろうか。
 もしその可能性ありとせば来年9月のドイツの議会選挙後であろう。
 英国のEU離脱決定翌日に実施されたスペインの再選挙で反EU派のポデモスが伸び悩んだことでもわかるように統一通貨圏から離脱することがいかに難しいことかが明らかになった。
 EUの未来は、ドイツが頑なに守ってきた緊縮財政を今後もつづけるか否か、この一点にかかっている。
 もしこの緊縮財政を妥協余地のない政策として固執すれば、『EUは遠からず瓦解する』かもしれない。
 だが、EUというシステムを最も享受しているドイツがそのようなEU瓦解につながる危険を冒してまで緊縮財政策をつづけるであろうか。常識的にはそのような政策を続けるとは思えない。
 だが名にしおう緊縮財政こそ国家繁栄の基礎であると信じて止まない指導者を擁する国民である。
 また首相自ら率先して家計と国家財政を同一視して政策を推進するお国柄である。
 このようなドイツの政策について異をとなえ変更を促すには当初からのパートナーメンバーであるフランスが適任であるが、歴代フランスの指導者はその任を果たさず、むしろドイツの従属的立場に甘んじている。
 政策の大胆な転換は現政権では望み薄だろう。可能性は2017年9月のドイツ議会選挙以降ということになる。

 EU諸国は大部分の主権をEU政府に返上し奪われた状態にある。行政上の細部はブリュッセルのEU官僚が壟断し、箸のアゲサゲの細部に至るまで各構成国に指示し、各国はこれに従わざるを得ない。
 このことが英国のEU離脱の原因の一つに挙げられている。
だが、ユーロを導入しているその他諸国はこのような原因ではEU離脱など決心できない。
 さきのスペイン再選挙で反EU派のポデモスの伸び悩みがそれを証明している。独自通貨に帰ることの恐怖にくらべれば不満はあるにしろまだEUに止まるほうが安心だということだろう。
 EUは高邁な理想のもと設立されたが今やドイツの一人勝ちでその他諸国はこれに従属する構図となっている。
 その他諸国はドイツに不満はあるがEU離脱はできないし、ドイツもまた離脱されると共倒れになるためこれに反対する。ギリシャ救済はドイツのためでもある(ドイツ銀行のギリシャに対する貸付など)。
 われわれは美名に惑わされないようにしなければならない。国連は戦後70年経過しても常任理事国はいまだに第二次世界大戦の戦勝国に壟断されている。
 EUは事実上ドイツ支配下にあるとハッキリ認識すべきだろう。そしてその未来もまたドイツの手に握られている、と。

2016年8月1日月曜日

揺らぐEU 5

 EUはドイツ、フランス、イギリス、イタリアなど主要国の強い影響下にあるが、EUという巨大組織を実務上動かしているのはEU官僚である。
 実務上の権限を有する官僚の行動パターンは洋の東西を問わず共通するものがあるようだ。
 28ヵ国、約5億人のEU官僚は短期契約を含めると約3万人にのぼる。
 EU官僚もご多分にもれず権限の集中や厚遇が職員のエリート意識をはぐくみ実態とはかけ離れた規制を作り続けている。

 EU職員の厚遇ぶりを伝えている記事がある。

 「年金などを差し引いた平均月給は約6500ユーロ(約75万円)で、最高級の局長クラスになれば約1万6500ユーロ(約190万円)に達する。
 さらに、子ども1人につき月額約376ユーロ(約4万3千円)など様々な手当が上乗せされ所得税も免除される。
 退職後は、最高で最終給与の7割の年金をもらえる。」
(2016年6月25日朝日新聞)


 高給なうえに所得税まで免除されるとは。さすが日本の官僚もびっくり仰天うらやましく思うことしきりだろう。
 できれば生まれ変わってブリュッセルの官僚になりたいと、そこまで思うかどうかはわからないが・・・。
 そのEU官僚たちは厚遇にまもられ毎日毎日細部規則作成に余念がない。
 作成した書類の多さは膨大で英国のEU離脱派によるとEUの規制を網羅した書類を重ねると50メートルにも及びロンドンのトラファルガー広場のネルソン提督像を超すという。

 ことほど左様にEU官僚による細部規制が徹底しているので英国のビジネスは縛られ競争力をそがれているとEU離脱派は訴えた。

 フランスでも同じようにEU官僚に対する不満がある。

「現在のFN(フランス国民戦線)の政策綱領にはこんな一節がある。

 《こんにち我が国の民主主義の機能は、我々の法律を非民主的な欧州の当局に委ねることによって、しばしば民主主義の絶対的条件を満たしていない機関とその行為によって、私益のために公益を守らない民主主義の赤字を強化している権力行使の逸脱によって、大きく阻害されている。》

 この見方は、FNだけのものではない。フランスの政治家や学者、評論家もまた、『80%以上の法規がEUで決められて、国内で独自に決められることはほとんどない』としばしば口にする。
 EU法はそのままEUの加盟国に直接適用され、EU指令は、それに沿って各国で法律を制定あるいは改正しなければならない。 
 指令は国の法律に移し替えるため、その審議の過程で各国の国会が関与するとはいえ、すでに要点はEUで決まっており、変えるわけにはいかない。
 また、かっては欧州全体で共通の政策をおこなうのは、農業ぐらいのものであったが、マーストリヒト条約によって大幅に分野が増えた。
 法律以外にもさまざまな規格や衛生基準などもある。」
(広岡裕児著新潮社『EU騒乱』)


 民主主義の赤字とは、端的にいえば行き過ぎた官僚支配であり、政治支配の欠如に他ならない。
 EU加盟国は立法権の一部を欧州議会に委ねているが欧州議会の権限はきわめて限られている。
 実質的に立法権を有するのは閣僚理事会である。
 加盟国代表1名からなる欧州委員会はEUの行政機関・EU政府でありここに3万人におよぶ官僚機構を擁している。
 欧州市民が選べるのは欧州議会の議員だけであり、その欧州議会の権限は閣僚理事会や欧州委員会のサポート的立場にすぎず各国国会よりもはるかに制限されている。
 この結果欧州市民の声はEUの政策に殆んど反映されない仕組みになっている。
 そこでは市民の関与もなく政策の透明性もない。一部の行政官と官僚が殆んどの政策を決定するため民主主義の欠乏→民主主義の赤字といわれるゆえんである。

 EUのヒト・カネ・モノ・サービスの自由な移動ができる単一市場という高邁な理想はここにきて曲がり角にさしかかっている。
 元々歴史・文化・人種・宗教など異なった巨大なEU共同体をまとめるには政治的・経済的エリートに頼るほかなく彼らはこれを計画的に実行した。
 巨大組織をまとめるには中国共産党にも見られるように一部のエリートに頼らざるを得ないのであろうか。

 元フランス大統領シャルル・ド・ゴールは巨大組織をまとめることに関連しEUと米国の違いについて回顧録で述べている。

 「いったいどれだけ深い幻想や思い込みがあれば、それぞれに地理歴史言語をもち、何世紀にもわたって数知れぬ努力や苦労によって鍛え上げられてきた欧州諸国が、自分自身であることをやめて、たった一つのものになるなどと信じられるだろうか。
 どれだけ大雑把に見れば、よくナイーブにもちだされる欧州と米国の比較ができるのだろうか?
 米国は、何もないところに、新天地に、根なしの入植者の連続によってできたものだ。」
(シャルッル・ド・ゴール『希望の回顧録』前掲書から)

 ド・ゴールの懸念はいまや現実のものになっている。

2016年7月25日月曜日

揺らぐEU 4

 次にEUの盟主ドイツについて。

 ドイツはEUの中で一人勝ちしている。ドイツがEUで支配的な地位を獲得した理由についてエマニュエル・トッドはこう述べている。

 「ドイツはグローバリゼーションに対して特殊なやり方で適応しました。
 部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパへ移転して、非常に安い労働力を利用したのです。
 国内では競争的なディスインフレ政策を採り、給与総額を抑制しました。ドイツの平均給与はこの10年で4.2%低下したのですよ。
 ドイツはこうして、中国 - この国は給与水準が20倍も低く、この国との関係におけるドイツの貿易赤字はフランスのそれと同程度で、2000万ユーロ前後です - に対してではなく、社会的文化的要因ゆえに賃金抑制策など考えられないユーロ圏の他の国々に対して、競争上有利な立場を獲得しました。」
(エマニュエル・トッド著堀茂樹訳文春新書『ドイツ帝国が世界を破滅させる』)

 ドイツの政策で特徴的なのは緊縮財政と積極的な移民や難民の受け入れである。
 前者はギリシャ危機の際、そのかたくなな姿勢がきわだち、後者は昨年1年間で110万人近い移民や難民を受け入れている。
 ところがこれらドイツの政策こそがEU混乱の元となっている。

 ドイツの緊縮財政策について

 ドイツがギリシャ危機のときギリシャにたいして要求した緊縮財政政策は有無を言わさぬものであり大国が小国を力でねじ伏せた印象が拭いきれない。
 このようなドイツの強圧的な態度はEUのリーダとしての役割に疑問符がつく。
 なぜドイツはそこまで緊縮財政にこだわるのだろうか。ドイツ国民は、2度の大戦の敗戦で国家財政の破綻を経験した。
 ハイパーインフレと通貨改革で紙幣や国債が紙切れになり、多くの国民が財産を失った苦い経験をもつ。
 この経験はドイツ国民のトラウマになったであろうことは容易に推察できる。
 一方ドイツは東西ドイツ統合によって膨らんだ財政赤字を減らしてきたという自負がある。
 かってメルケル首相はリーマン・ブラザーズ破綻の際、質素な生活に戻ることを主張し ”窮状の理由を知りたければシュヴァーベン地方の主婦に聞くがいい”  と言った。(シュヴァーベン地方の主婦は質素倹約で知られている)
 ドイツの政治家や学者になぜ緊縮財政策をとるのかと問えば最も多い答えは ”法律で決まっているから” である。
 ドイツはリーマン・ショック後の09年、憲法にあたる基本法を改正し、債務ブレーキ条項を追加した。 
 自分で決めた規律は頑固に守る。基本法で決めた以上は、その条件でやっていくのがドイツ人気質だと言ってはばからない。
 ドイツは自らに債務ブレーキをかけるだけでなく、その政策をユーログループに押し付けている。
 ギリシャなどを支援する見返りに同様の債務制限を求めた。
 ドイツが音頭を取る形で、英国とチェコを除EU25カ国は財政規律を憲法などに明記する協定に合意した。
 健全財政へのこだわりは筋金入りだ。
 ドイツは、意図すると否かにかかわらず、EUをリードするのではなくむしろ支配しようとしているように見える。

 ノーベル経済学受賞ジョセフ・スティグリッツは、ドイツ主導のギリシャにたいする財政緊縮策は有毒な薬の処方という。
 共通通貨をまとめるにはメンバーが同化することが大事だがドイツだけが同調していないと断じている。
 同じくノーベル経済学受賞ポール・クルーグマンは、国家と個人の経済政策を同一視するドイツの緊縮財政策を揶揄してこういっている。

 「本当にユーロがダメになったら、その墓碑にはこう記されるべきだ。『国の負債を個人の負債になぞらえるというひどいたとえによって死去』 と。」

 ドイツの移民・難民受け入れ

 ドイツの移民・難民受け入れには両面がある。ドイツには第二次世界大戦で600万人ともいわれるユダヤ人虐殺の苦い過去がある。
 この経験によりドイツの国民感情が移民・難民に対し人道的な配慮に傾くのは極く自然のなりゆきであろう。
 方や移民・難民が安い労働力として利用されドイツ経済に貢献してきたこともまた事実である。

 ところが最近になって移民・難民の負の側面がクローズアップされ事態は急速に変化しつつある。
 負の側面の一つは移民・難民によってドイツ国民の職が奪われたり賃金が低下したりすることであり、もう一つは治安の悪化、特に移民・難民にまぎれこんだイスラム教過激派のテロの脅威である。
 この移民・難民の負の側面は今やEU共通の問題となっている。

 EUの盟主ドイツが直面している問題はそのままEUの問題でもある。

2016年7月11日月曜日

揺らぐEU 3

 次にドイツとともにEUの中核であるフランス社会の現状分析について。
 フランスはEU創設の中心メンバーでありこの国の動向がEUの未来に与える影響は大きい。
 近年ヨーロッパ社会でわれわれの耳目をひきつけるものに ”移民に起因する経済格差の拡大” と ”イスラム過激派テロの脅威” がある。

 移民に端を発する経済格差の拡大は深刻である。その証左にEU内で反移民を主張する反体制派勢力の著しい台頭がある。
 それらの勢力には、スウェーデン民主党、オランダ自由党、オーストリア自由党、ドイツAID、フランス国民戦線、スペインPodemos およびイタリア五つ星運動などがある。
 
 ここでは最も影響力が大きいと思われるフランス国民戦線をとりあげてみよう。

 フランス国民戦線の党首マリーヌ・ルペンは、2014年の欧州議会選挙戦で移民問題について演説している。

 「そうです!フランス人はここ何年かの間にたくさんのことを理解しました。
 まず、明白になってきているEUと移民の関係です。みんな今日フランスを侵略している大量の移民を嘆いています。
 シェンゲン協定 - フランスのもっとも欧州派の党、すなわち右派連合と社会党、そしてその衛星党が賛成投票したこの凶悪な協定のために、私たちは国境のコントロールができなくなりました。
 あらゆるEUの出身者、つまりルーマニア人やブルガリア人が自由に合法的にフランス中を動き回っています。
 国境と税関が復活することを心配するボボ(鼻持ちならないエリート連中)はいつでもいます。
 しかし、国境を廃止さえしなければ、私たちはこれほどの不法移民、いや合法的とされた移民の猛威を知らなくてすんだのです!」
(広岡裕児著新潮社『EU騒乱』)

 次いで彼女の演説は 『経済、雇用、人々の生活の問題』 へと移っていった。

 「EUのせいで、わが国の脱工業化が進み、何十万という大変な失業を生んだ。
 EUのせいで、我々は産業を保護することができない。不正競争をしている国からの輸入禁止もできない - そんな主張をしながら、力強くこう言い放った。
 『EUの馬鹿げた規則によって、もっとも乱暴で貪欲な多国籍企業に得点が与えられる。
 彼らが最も競争力があるから入札で受注を勝ち取る。
 奴隷を働かせれば働かすほど、虐待すればするほど、賃金を少なくすればするほど、消費者の安全をないがしろにすればするほど、地球を破壊すればするほど、金持ちになるチャンスがあるのです!』
(前掲書) 」

 EUこそフランス人の生活を脅かしているという彼女の主張はおおよそ欧州の反EU勢力の考えを集約している。
 ルペン家の三女マリーヌ・ルペンは2011年に党首の座を父親のジャン=マリー・ルペンからゆずり受けた。
 すんなりとゆずり受けたわけでなく、当初は長女が党首を継ぐはずであったが、長女が夫とともに父親に反旗を翻したためその結果三女のマリーヌが党首の座を継いだのだ。
 三女もまた父親との折り合いがいいとは言えず未だに訴訟合戦の泥仕合を繰り返している。
 わが国の大手家具販売会社顔負けの父娘喧嘩である。これくらい元気がないと反体制派党首はつとまらないということか。
 支持者たちにとって、彼女は現代のジャンヌ・ダルクである。
来年2017年5月にはフランス大統領選挙が予定されており彼女はそれに立候補し当選したらEU離脱を問う国民投票を実施すると公言している。
 最新の世論調査によれば彼女の第1回投票における支持率は28%で決戦投票進出が有力と報じている。

 もう一つ話題を集めているものにイスラム過激派のテロの脅威がある。これには根深い問題が潜んでいる。
 頻発するイスラム過激派のテロでも特に目を引くのがフランス パリの風刺雑誌 『シャルリ・エブド』 襲撃事件であろう。
 2015年1月7日のパリの風刺雑誌 『シャルリ・エブド』 がイスラム過激派の武装集団に襲撃された事件が発生した。
 衝撃的な事件であったがそれ以上に驚いたのは事件4日後の1月11日に実施されたパリにおける大規模デモとその顔ぶれである。
 オランド仏大統領、メルケル独首相、キャメロン英首相、イダルゴ パリ市長、ユンケルEU委員長、サルコジ仏前大統領、トゥスクEU大統領、ラブロフ露外相、アッバース パレスチナ大統領、ナタニヤフ イスラエル大統領、ソマルーガ スイス大統領、ポロシェンコ ウクライナ大統領などなど、これら要人が腕を組みデモの先頭にたって行進したのだ。異様としかいいようがない。同日これに呼応するようにフランス全土でデモが行われた。

 フランスの歴史学者エマニュエル・トッドはそれを発表したことで侮辱を受けたという彼自身の著作の中で、デモの参加者を詳細に分析しその結果につきこう述べている。

 「1月11日に自己表現した社会的勢力は、マーストリヒト条約(欧州連合条約)を受け入れさせた勢力である。
 殺害事件から生まれた情動が1月11日に蘇らせたのは、共和国ではなく、ヨーロッパの新秩序の中でむしろ共和国を溶解させてしまうことに投票した連合体だ。
 デモ隊の構成をよく見ると、国立統計経済研究所(INSEE)が分類する社会職能一覧の内の『中間』カテゴリーが、2005年の社会騒動のときにはその連合体から離れていたのが、2015年には、フランス社会においてイデオロギー的に支配的な集合体の中に立ち帰ったのだと推察できる。
 『中間』層がそちらへ靡いたからこそ、満場一致の空気が発生したのである。
 問題のデモはフランス社会の階層構造の上半分と、ポスト・カトリシズムに特徴づけられる周縁部分を主な土台としていた。
 そのことから見て、国民レベルの満場一致というよりも、ひとつの集合体ないし連合体のヘゲモニーということを語らざるを得ない。民衆は沈黙に追い込まれた。」
(エマニュエル・トッド著堀茂樹訳文春新書『シャルリとは誰か?』)

 デモ参加者を地域別に分析した結果、2005年10月パリ郊外で北アフリカ出身の若者が警察に追われ変電所で感電死したことをキッカケに若者達がフランス全土で起こした暴動時は、中間層は反体制的であったが、1月11日のデモでは体制派に組み込まれてしまったと結論づけている。
 なぜそうなったか。経済格差の拡大による中間層の不満がイスラム恐怖症にとって変わられたから、より正確にはエスタブリッシュメントによってそのように誘導されたから。
 その結果どうなったか。

 「1月7日のおぞましい事件がもたらした感情的ショックは、フランスを支配しているイデオロギー、すなわち自由貿易、福祉国家、ヨーロッパ主義、緊縮財政などを改めて念押しする機会を提供した。
 だが、それだけではなく、新しい現象、冗談ではなく心配になるような現象が発生している。
 『イスラム教』が固定観念と化し、熱狂的に『ライシテ(世俗性)』を唱える言説が社会のピラミッドの上半分に拡がっていく現象だ。 
 突きつめていえば、国民戦線への投票が民衆層に定着することよりも、このほうが遥かに危なっかしい。
 革命的な地殻変動は、左翼のものであれ、右翼のものであれ、常に中産階級の内部での意見の変動の結果として起こる。
 民衆の内部からそんな影響が及んだ例はない。民衆は『操作される大衆』にしかならない。」(前掲書)

 大衆は理性よりも感情により敏感に反応する。それも予め操作された方法で。
 エマニュエル・トッドはフランスの行く末をこのように懸念している。
 不幸にも2015年11月13日パリで死者130人にも及ぶ大規模テロが発生したが、この事件ははからずも彼がフランス社会の危機について分析した結果が正しいことを証明した。
 フランスは揺らぐEUのシンボル的存在といって言い。

2016年7月4日月曜日

揺らぐEU 2

 二十世紀末の大規模な第一次と第二次世界大戦で、欧州はいずれも主戦場となり悲惨な戦禍をもたらしたこのため欧州諸国、中でも独仏の融和が戦後長い間の悲願であった。
 一方疲弊した欧州を復活させるべく一致団結することによって経済の効率を図ろうという動きが活発となった。
 EU(欧州連合)の原点はこの二つに集約される。
 EUは当初のEEC(欧州経済共同体)からEC(欧州共同体)と段階をへて今日に至っている。
 その歩みは 経済的統合 → 社会的統合 → 政治的統合へと進んでいる。
 だがその過程でフランスとオランダが国民投票によって欧州憲法制定条約を否決した。
 これをキッカケに以後の批准手続きはすべて中止され欧州憲法制定条約は葬り去られた。
 このため政治的統合はなされないまま、1998年に設立されたECB(欧州中央銀行)により、金融はEU、財政は加盟国単位というチグハグな政策となっている。
 ギリシャをはじめとした南欧諸国とドイツなどとの経済危機への対策がEU内で対立しているのはこのチグハグな政策に起因している。

 人種、文化、経済規模などが異なるEUの行く末を予測するには、EUの実態を正しく認識することが必要不可欠である。
 不確実な未来について予測することは困難であるが、EUに至るまでの経緯および現状を正しく分析すれば一歩でもそれに近づくことができよう。

 事実上EUの盟主であるドイツの影響力、ドイツと歩調を合わせているフランスとイタリアの動向およびイギリス離脱後の影響などを分析すればおおよそのEUの実態とその傾向がわかるであろう。
 無視できないものとして事実上EUという巨大組織を実務上動かしているEU官僚の影響力がある。


 まずイギリスのEU離脱選択がEUに及ぼす影響から。
 この度のイギリス国民のEU離脱の意思にはそれなりの背景がある。
 イギリスは1973年EECに加盟したがそれも躊躇しながらの加盟であった。
 加盟2年後の1975年にその是非について国民投票を実施しているのがその証左である。
 イギリスは議会制民主主義発祥の国でありながら、この種国民投票を法律上の義務もないのにいとも安易に実施している。
 立法府より国民が優位に立つといえば聞こえはいいが、このことは議会制民主主義の原理に対する侮辱にほかならない。
 直接民主主義と間接民主主義を混同し、代議制議会を圧殺しかねない民主主義への挑戦である。
 国民投票が政治家の権力闘争の手段として使われたのであれば、それはイギリス政治の歴史的汚点として残るであろう。

 イギリスは1899年から参戦した第二次ボーア戦争の苦戦により覇権国として翳りが見え始めて以降この衰退の流れは止まらずついに1941年12月 日英開戦2日目にマレー沖海戦で戦艦プリス・オブ・ウエールズとレパルスを失ったことで覇権国からの転落が決定的となった。
 先月の国民投票は凋落イギリスを象徴する出来事の一つである。
 今やイギリスが世界に占めるGDPの割合は2.4%に過ぎない。

 EUとの関連でいえば、イギリスは二度にわたり国民投票を実施したり、EUの統一通貨ユーロを採用しなかったり、シェンゲン協定に入らず国境検査を実施するなど常にEUに対し半身の構えであった。
 そればかりか拠出金や幾つかの分野でのEU決定事項の免除などの特別待遇にもあずかっている。

 このような理由によりEUにとって、イギリスの離脱は痛手ではあるがそれ以上のものとはなりえない。
 イギリスが統一通貨ユーロを採用していないことが、イギリスにとってもEU諸国にとっても離脱の衝撃を和らげる要素となっている。
 イギリスの離脱にともない離脱のドミノ現象を懸念する声がある。その候補としてイギリスと同じくユーロ未導入のデンマーク、スウエーデンなどが挙げられる。
 が、これら諸国が仮にEU離脱するにしてもイギリス離脱が契機となるということにはならないだろう。
 EUと希薄な関係にあったイギリスの影響力には限りがある。