2016年8月8日月曜日

揺らぐEU 6

 ギリシャ危機、英国の離脱、移民問題などで動揺が拡がり、イスラム過激派のテロや勢力を増している反EU派の台頭を見るにつけ、EU解体が絵空事ではなく現実味をおびてきている。
 この背景にはひとりEUにとどまらず世界的なグローバリズムがもたらした弊害にたいする中・下流階級のエリート層への反乱がある。
 もともとEUは第二次世界大戦の惨禍を二度と繰り返さないという崇高な目的のために結集されたものでありそれ自体人類の英知の所産である。
 統一通貨ユーロも人々の賛同を得、一時は準備通貨として米ドルをもしのぐ勢いであった。
 ところが世界経済が順調に成長過程にあるうちはよかったものの停滞過程にはいると内なる矛盾が一気に噴出した。
 2008年のリーマンショックを機に世界が不況に突入すると、EUという限られた世界での矛盾はより鮮明に浮き彫りにされた。
 ヒト・カネ・モノ・サービスが自由に移動するEU域内では勝者と敗者がはっきりする。一人勝ちのドイツと敗者のギリシャなどの南欧諸国という構図である。
 EUは統一通貨であるため勝者はその利点をフルに享受できるが敗者は立ち直る機会まで奪われてしまう。為替安の恩恵にあずかれないからである。
 EUの中で不満の矛先はともするとドイツにむけられがちである。
 ドイツはもちろんEUを揺さぶろうなどと考えているわけではなく、むしろドイツはEUの団結をどの国よりも望んでいると思われる。ドイツがEUシステムからの恩恵をどの国よりも享受しているからである。下図はそれを雄弁に物語っている。

            ユーロ圏主要4カ国の相手国・地域別貿易収支の推移

第1-2-2-15図 ユーロ圏主要4か国の相手国・地域別貿易収支の推移

 このようなドイツの一人がち状態は必ずしもドイツにいい影響をあたえなかった。
 ドイツは意識すると否とにかかわらず他のEU諸国を支配したがるようになった。
 EU25カ国に対してドイツ主導で財政規律を各国の憲法に明記する協定に合意したが、これなど他のEU諸国をリードするというより自らのやり方に従わせることにほかならない。

 ドイツを歴史的・人類学的に観察してきたエマニュエル・トッドはドイツの危うさを指摘している。

 「ドイツの権威主義的文化は、ドイツの指導者たちが支配的立場に立つとき、彼らに固有の精神的不安定性を生み出す。
 これは第二次大戦以来、起こっていなかったことだ。歴史的に確認できるとおり、支配的状況にあるとき、彼らはしばしば、みんなにとって平和でリーゾナブルな未来を構想することができなくなる。
 この傾向が今日、輸出への偏執として再浮上してきている。(中略)
 毎週のようにドイツの態度のラディカル化が確認されるのが現状だ。
 イギリス人に対する、またアメリカ人に対する軽蔑、メルケルが臆面もなくキエフを訪れたこと(14年/8月)・・・。
 ドイツがヨーロッパ全体をコントロールするためにフランスの自主的隷属がきわめて重要であるだけに、フランスとの関係のあり方が現実を露見させていくだろう。
 しかし、すでにわれわれは知っている。強襲揚陸艦ミストラルのフランスからロシアへの売却をめぐる事件で分かったのは、ドイツの指導者たちが、今ではフランスに対して、フランスの軍事産業で今日残っているものを処分してしまうように求めているということだ。
 ドイツの社会文化は不平等的で、平等を受け入れることを困難にする性質がある。
 自分たちがいちばん強いと感じるときには、ドイツ人たちは、より弱い者による服従の拒否を受け入れることが非常に不得意だ。 そういう服従拒否を自然でない、常軌を逸していると感じるのである。」
(エマニュエル・トッド著堀茂樹訳文春新書『ドイツ帝国が世界を破滅させる』)

 エマニェエル・トッドの見方から類推すればドイツこそ揺らぐEU、反乱するEUの元凶ということになる。
 が、そのドイツにも最近翳りが見え始めてきた。
 ドイツ銀行のLIBOR不正(銀行間取引金利の不正操作)とフォルクスワーゲンの排ガス不正は一人勝ちしてきたドイツ経済に暗雲をもたらしている。
 健全そのもののドイツ政府の財政は、民間最大のドイツ銀行にその不健全さを肩代わりさせているのではないかという指摘さえある。
 ドイツ主導の緊縮財政がゆきずまりいつの日か転向を迎える日がくるであろうか。
 もしその可能性ありとせば来年9月のドイツの議会選挙後であろう。
 英国のEU離脱決定翌日に実施されたスペインの再選挙で反EU派のポデモスが伸び悩んだことでもわかるように統一通貨圏から離脱することがいかに難しいことかが明らかになった。
 EUの未来は、ドイツが頑なに守ってきた緊縮財政を今後もつづけるか否か、この一点にかかっている。
 もしこの緊縮財政を妥協余地のない政策として固執すれば、『EUは遠からず瓦解する』かもしれない。
 だが、EUというシステムを最も享受しているドイツがそのようなEU瓦解につながる危険を冒してまで緊縮財政策をつづけるであろうか。常識的にはそのような政策を続けるとは思えない。
 だが名にしおう緊縮財政こそ国家繁栄の基礎であると信じて止まない指導者を擁する国民である。
 また首相自ら率先して家計と国家財政を同一視して政策を推進するお国柄である。
 このようなドイツの政策について異をとなえ変更を促すには当初からのパートナーメンバーであるフランスが適任であるが、歴代フランスの指導者はその任を果たさず、むしろドイツの従属的立場に甘んじている。
 政策の大胆な転換は現政権では望み薄だろう。可能性は2017年9月のドイツ議会選挙以降ということになる。

 EU諸国は大部分の主権をEU政府に返上し奪われた状態にある。行政上の細部はブリュッセルのEU官僚が壟断し、箸のアゲサゲの細部に至るまで各構成国に指示し、各国はこれに従わざるを得ない。
 このことが英国のEU離脱の原因の一つに挙げられている。
だが、ユーロを導入しているその他諸国はこのような原因ではEU離脱など決心できない。
 さきのスペイン再選挙で反EU派のポデモスの伸び悩みがそれを証明している。独自通貨に帰ることの恐怖にくらべれば不満はあるにしろまだEUに止まるほうが安心だということだろう。
 EUは高邁な理想のもと設立されたが今やドイツの一人勝ちでその他諸国はこれに従属する構図となっている。
 その他諸国はドイツに不満はあるがEU離脱はできないし、ドイツもまた離脱されると共倒れになるためこれに反対する。ギリシャ救済はドイツのためでもある(ドイツ銀行のギリシャに対する貸付など)。
 われわれは美名に惑わされないようにしなければならない。国連は戦後70年経過しても常任理事国はいまだに第二次世界大戦の戦勝国に壟断されている。
 EUは事実上ドイツ支配下にあるとハッキリ認識すべきだろう。そしてその未来もまたドイツの手に握られている、と。

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