2015年10月26日月曜日

日本国債考 3

 債務危機から財政が破綻しハイパーインフレーションになるという人の根拠は何か。
 彼らの主張の根拠を具体的に敷衍してみよう。

 まず ”国の借金” について。
 ここでいう ”国の借金” とは ”国債” である。国債は法律で定められた発行根拠に基づいて発行される。
 発行された国債には当然買い手がいる。日本国債の買い手は昨年度末で90.8%が日本国民である。
 直接の買い手は金融機関が大半を占めている。その金融機関に預貯金しているのは主に国内の法人と個人であり間接的ではあるが国民が事実上の買い手ということになる。

 次にこの国の借金が ”拡大し続けている” ことについて。
 歳出が税収を上回る、いわゆるプライマリーバランス赤字が恒常的に継続しているので国の借金が拡大し続けている。
 わが国の累積債務はH26年度末で約1000兆円であり、これはGDPの約2倍である。
 さらなる国債の増発は、国債の信用力が問われて価格が下落し金利が上昇する。その結果新たに金利負担が生じる。
 このことは現実にそうなっているのではなく将来そうなる恐れがあるというのである。

 これら主張の根拠を分析してみよう。
 まず国債である。日本国債は円建てで発行されている。”国の借金” である国債は日本円で返済することができる。
 次に国債の買い手である。国債の買い手は90%強が国民であり、売り手である国は、大半を自国民に返済することになる。
 このことから、”国の借金” を返済するには、通貨発行権を有する国は、必要に応じて円を増刷し自国民に返済することが可能である。
 最後に問題となるのが、このように必要に応じて増刷されその結果累積した円がインフレを起こさないかという懸念である。
 ”国の借金” がH26年度末でもGDPの約2倍であるが、これが増加の一途をたどりインフレそれもハイパーインフレーションを起こさないかという懸念である。
 この懸念に関連してクルーグマン教授は分かりやすく解説している。
 FRBを日銀に置き換えればそのまま日本にもあてはまる。

 「お金をたくさん刷れば、普通はインフレになることくらいだれでも知っている。
 でもそれは具体的にはどういう仕組みでそうなるんだろう?
 これに答えることが、なぜ現在の条件ではお金を刷ってもインフレが生じないかを理解する鍵となる。
 まずは基本から。
 FRBは、実際にお金を刷ったりはしない。とはいえ、FRBの行動により財務省がお金を刷る結果となる場合もあるけれど。
 FRBがやるのは、資産を買うことだ - 通常は財務省短期証券、つまりアメリカの短期国債だけれど、最近でははるかにいろいろ買い入れるようになった。
 また銀行に直接融資もするけれど、実質的な効果は同じだ。
そうした融資を買い取っていると思えばいい。
 ここで重要なのは、FRBがそうした資産を買う資金をどこから手に入れるのか、ということだ。
 そして答えは、どこからともなく作り出す、というもの。
 たとえばFRBは、シティバンクに電話をかけて、財務省証券を10億ドル買いたいと申し出る。シティが承知したら、その証券の所有者がFRBに移転され、FRBはシティに対し、シティの準備高に10億ドルを加算する。
 シティバンクをはじめあらゆる商業銀行は、FRBにそういう準備高というのを預金してあるのだ(銀行は、一般人が銀行口座を使うのと同じ形でこの準備金口座を使える。小切手も切れるし、顧客が望めばその資金を現金で引き出すこともできる)。
 そして、その準備高に10億ドルを追加する裏付けは何もない。FRBは、好き勝手なときにお金を捻出する独特の権利を持っている。
 次に何が起きるだろう? 通常の時なら、シティは金利ゼロか低利の準備金口座に資金を寝かせておくのはごめんなので、資金を引き出して融資に使う。
 貸した資金のほとんどは、シティや他の銀行に戻ってくる - が、ほとんどであって、全額ではない。
 というのも人々は富の一部を通貨、つまり死んだ大統領の肖像がついた紙切れで持ちたがるからだ。銀行に戻ってきた分の資金は、さらに融資できて、それが繰り返される。
 とはいえ、それがどうすればインフレにつながるの? 直接はつながらない。
 ブロガーのカール・スミスは『無原罪のインフレ』という便利な用語を考案した。これはお金を刷るだけで、通常の需要と供給の力をバイパスして何やら物価が押し上げられるという信念だ。
 でも、そんな具合には機能しない。企業は別に、お金が増えたというだけで値段を引き上げようと思ったりはしない。
 値段を上げるのは、自分の商品の需要が上がって、値段を上げてもあまり客が逃げないとにらむからだ。
 労働者も、金融緩和のニュースを新聞で読んだからといって給料引き上げを求めたりはしない。求人が増えて、交渉力が高まったから引き上げを求める。
 『お金を刷る』 - 実際にはFRBがその権限によって作り出した資金で資産を買う - のがインフレにつながるのは、そうしたFRBの購買が開始した金融緩和が、高い支出と高い需要につながるからだ。
 そしてここからすぐにわかるのは、お金の印刷がインフレにつながるのは経済の過熱につながる好景気を通じてなのだ、ということだ。
 好況にならなければインフレも起きない。経済が停滞したままなら、お金を作り出してもインフレ的な影響は心配しなくていい。
(ハヤカワ文庫ポール・クルーグマン著山形浩生訳『さっさと不況を終わらせろ』)

 インフレとは物の価値が上がり貨幣価値が下がることであるので、単純にお金が増えればインフレになると思いがちだが、それは間違っているとクルーグマン教授は言う。
 眠っているお金がいくら増えてもインフレにはならない。インフレになるには需要をともなうお金が増えなければならない。供給に対し需要過多となってはじめてインフレになる。
 従ってデフレ下の日本でインフレを心配することはない。仮に過熱するほど好況になればインフレを心配しなければならないが、そういう事態になれば税収が増えるから債務危機も遠のく。

 わが国の財政当局はこれらを踏まえて、アメリカの格付け会社宛に反論の意見書を提出する一方で、国内向けには、広報で臆面もなく債務危機を煽っている。
 自省の利益のために情報を操作しているとすれば、それは国民に対する愚弄である。かかることが先進国を自認するわが国で堂々とまかり通っている。
 リンカーンは言った、多数の人を長期間に亘って欺き続けることは出来ない、と。 いづれ国民がこの虚偽に気づく日がくるであろう。


 それにしても財政当局は、シェークスピア劇のたとえ話のように国民を羊の群れや牝鹿とでも思っているのだろうか。
 
ー おれにも出来る。同様、どんな奴隷でも、おのれの手で囚れ の境涯を打ち切る力はもっているはずだ。
ー それなら、なぜシーザーを暴君にさせるのだ?
かわいそうに! あの男だとて、好きこのんで狼になりはしまい、ローマ人を挙げて羊の群れと思いさえしなければな。
獅子にもなるまい、ローマ人が牝鹿でなければな。
        シェークスピア 福田恒存訳『ジュリアス・シーザー』

2015年10月19日月曜日

日本国債考 2

 日本国債に早くから懸念を表明し、日本国債の空売りをも進めてきた人がいる。
 経済評論家で参議院議員でもある藤巻健史氏である。彼はその道では ”伝説のディーラ” の異名を持つプロである。
 彼は10年近く前から日本財政の危うさを指摘し、今に国債も円も暴落しハイパーインフレになると著作や講演活動を通じて発信している。
 不釣合いな円高と財政悪化こそ彼の主張の根拠であり、それはマーケット現場に30年近く身をおいた肌感覚であるといっている。
 藤巻氏は信念からハイパーインフレーションを懸念しているようだ。 
 が、信念からではなく、プロパガンダの役目からハイパーインフレーションを主張している人がいる。
 財政金融関係の審議会等政府が主催する会議や懇談会のメンバーに名を連ねている学者、評論家等であり人数的にはこちらのほうが多いように見受けられる、少なくともメディアに登場する人物はこちらの方が多い。
 彼らの多くは政府というより財務省のプロパガンダの役目を担っている。
 その主張の根拠は、財務省のそれと同じである。
 曰く、このまま ”国の借金” が拡大していけば財政が破綻し、その結果国債が暴落しハイパーインフレーションになる、と。
 彼等はまた消費税10%を延期すれば国債は暴落し金利が跳ね上がると主張した人々と重なる。
 債務危機から財政破綻とかハイパーインフレーションを主張してきた人たちは現時点ではその予想はことごとく外れている。
 長期金利は低下し続け今や国際的にもスイスに次ぐ低さの 0.5% 以下で安定している。
 ここ10年以上日本の債務危機はすぐにでもやってくると言う人がいたが危機はいっこうにこない。
 ポール・クルーグマン教授は、日本の金利上昇に賭けた投資家は損ばかり重ね日本国債の空売りは ”死の取引” とまで言われるようになったと自著で紹介している。
 先月もアメリカ格付け会社3社は主に財政上の理由から日本国債を格下げしたが、長期金利は微動だにしなかった。
 近い将来、国債暴落、金利暴騰の懸念はないとは断言できないが、その可能性は限りなく低い。
 ほかならぬ財務省もその根拠を外国向けに発信している。
2002年アメリカ格付け会社3社が日本国債を格下げした(ムーディーがAa3、S$PがAA-、フィッチがAA)。
 これに対し財務省は、黒田東彦財務官(現日銀総裁)名で2002年4月30日付けで格付け会社に反論している。


       外国格付け会社宛意見書要旨抜粋 

(1)  日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。
 
(2)  格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべきである。
 例えば、以下の要素をどのように評価しているのか。

 ・ マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国

 ・ その結果、国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている

 ・ 日本は世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備も世界最高
 
(3)  各国間の格付けの整合性に疑問。次のような例はどのように説明されるのか。

 ・ 一人当たりのGDPが日本の1/3でかつ大きな経常赤字国でも、日本より格付けが高い国がある。

 ・ 1976年のポンド危機とIMF借入れの僅か2年後(1978年)に発行された英国の外債や双子の赤字の持続性が疑問視された1980年代半ばの米国債はAAA格を維持した。

 ・ 日本国債がシングルAに格下げされれば、日本より経済のファンダメンタルズではるかに格差のある新興市場国と同格付けとなる。                 (財務省ホームページから)

 
 自国通貨建てで発行され、大半を(当時で95%)国内で消化されている日本国債はデフォルトは考えられないと反論している。
 この事情は現在において多少変化し国内消化が95%から90.8%になったが(H26年度末日銀資金循環統計)決定的とはいえない。

 財務省が広報で発信していることと、同じ財務省が外国格付け会社へ発信していることは同じではない。むしろ間逆である。
 どちらが正しくてどちらが間違っているのか。ことはわが国の財政政策決定にかかわる重大事である。
 政治家のみならず国民に対しても国債や財政についてのリテラシーが問われている。

2015年10月12日月曜日

日本国債考 1

 財務省は広報で ”国の借金の残高はどれくらい?” というタイトルで
 「日本の公債残高は年々増加し平成26年度末の公債残高は780兆円になると予想され、これは税収の約16年分に相当する。
 つまり将来世代に大きな負担を残すことになる。また債務残高の対GDP比は90年代後半に財政健全化を進めた先進国と比較し日本は急速に悪化し最悪の水準になっている。」
 と述べている。
(関連グラフ 下図 いづれも財務省ホームページから)

                 公債残高の累増
公債残高の累増

               債務残高の国債比較(対GDP比)
債務残高の国際比較(対GDP比)
 また財務省は同広報で ”もし金利が上昇したら” というタイトルで
 「景気の低迷などにより金利の低下も同時に進んでいることから公債の利払い費は、残高の増加にも拘らず抑えられているが、もし今後金利が上昇すれば公債の利払い費もいっきに増加に転じることが考えられる。」
 と言っている。

 そして極めつきの説明として、”日本の財政を家計に例えると、借金はいくら?” で
 「平成26年度の一般会計予算をもとに日本の財政を月々の家計に例えると
 仮に月収30万円の家計が、ひと月の生活費として53万円を使っていることになる。不足分23万円を借金で補い、家計を成り立たせている。
 こうした借金が累積して5143万円のローン残高を抱えていることになる。」
 と分かり易く説明している。

 一方、アメリカの格付け会社 S$P は先月日本を一段階格下げし A+ とした。これに先立ちムーディーズは昨年12月 A1  に、フィーッチは今年4月 A ににそれぞれ一段階格下げしている。

 日本の財政は、財務省の広報によれば前述のごとく深刻そのものである。
 アメリカの格付け会社は3社そろって日本を中国や韓国以下に格付けしている。

 日本の財政および金融に詳しい学者や専門家といわれる多くの人たちは、財務省の広報に呼応するかのように、日本国債に懸念を表明している。

 国債に信用がないということは、その国に信用がないということであり尋常ではない。
 国債に懸念を表明している人たちの懸念の根拠をもとにこの問題について考えてみよう。

2015年10月5日月曜日

成長の罠

 かってナチスドイツのヒットラーは政権を取るまえ、彼の著書 『わが闘争』 で,

 ”嘘であっても声を大にして絶え間なく語れば、人はやがてそれを信じるようになる。”
と言った。
 フォルクスワーゲンは自社のディーゼルエンジン車はクリーンだと言い続けた。だがその嘘はついに暴かれた。

 ”少数の人を長期に亘り騙すとこはできる、また多数の人を一時的に騙すこともできる。だが多数の人を長期に亘り騙すことはできない” 

 これはアメリカ第16代大統領エイブラハム・リンカーンの言葉だが、このことはそのままフォルクスワーゲン社のディーゼルエンジン車についてもいえる。
 ドイツは戦後、ナチスドイツのユダヤ人排斥の負の遺産を払拭すべく移民や難民を率先して受け入れてきた。同時に国際社会に先がけて環境問題に対してもいち早くクリーンエネルギー政策に取り組んできた。
 ドイツ国民にとって今回の事件は晴天の霹靂であったに違いない。
 なぜこのようなことになったのか?
フォルクスワーゲン一社だけの問題なのか、はたまたドイツ国の構造的な問題なのか。
 今後の調査の進展を待つ他ないが、一つだけ確からしいことはフォルクスワーゲンが全世界に車を販売するグローバル企業であり、グローバル企業が陥りがちな 『成長の罠』 に陥ったことである。
 『成長の罠』 とは何か?
 株式投資でもこの言葉は使われるがここでは別の意味を意図する。
 それは成長を運命づけられた人が、過度に成長へ執着することによって陥る罠を意味する。
 動機は株主の期待に応えたいとか、シェアを伸ばして経営者の権限を揺るぎないものにしたいとかいろいろあるだろう。
 この過度の執着は呪縛となってフォルクスワーゲンを成長の罠に陥らせた要因の一つとなったと言っても過言ではなかろう。
 成長への執着がなければ企業の成長は覚束ないが、それが過度になれば逆に企業を罠に陥れる。
 げに心すべきは過度の執着!