2014年10月27日月曜日

衰退するアメリカ 12

 『覇権国』アメリカの現在と未来について様々な角度から検討し考えをめぐらせてきた。
 この過程を通じある一つの共通点がおぼろげながら浮かび上がってくる。
 それは、アメリカをここまで強力な国家にしてきた原因のひとつであり、かつ未来にわたって衰退する原因ともなりうるものである。
 それは『グローバリズム』というモンスターである。このモンスターは今なお衰えをみせていないどころか全世界を席巻し尽くさんばかりの勢いである。

 アメリカ建国の父 初代大統領ジョージ・ワシントンは国是ともいうべき非同盟主義こそアメリカの国益であると宣言した。
 そしてこの国是は紆余曲折あるも長いこと守られてきた。
 しかし、この非同盟不干渉主義は第一次世界大戦からすこしずつ怪しくなってきた。決定的になったのは『太平の眠りを覚ます蒸気船』ならぬ『非同盟の眠りを覚ます真珠湾奇襲』であった。
 これを機にアメリカはそれまでの非同盟不干渉主義をかなぐり棄て、国際社会への介入を強めていった。
 この介入を通じやがてアメリカは覇権国家へと目覚め世界の警察官の役目を担うようになった。
 半世紀以上に亘り介入主義は止まることを知らず、ついに国連決議なしにイラク爆撃にふみきった。
 アメリカの政治学者サミュエル・ハンチントンは、冷戦終結後世界は平和が訪れたかに見えるが、文明と文明の境にはフォルトラインがあり、争いが起き易い。
 覇権国といえども、否、覇権国であるがゆえにその権力の行使は抑制的であるべきであると警告した。
 学説の正否はともかく、彼の懸念は現実となり、特にイスラム社会との摩擦は抜き差しならぬ事態にまで立ち至っている。

 アメリカを超大国に押し上げたグローバリゼーションの主役は一部の国際企業家である。
 国際企業家こそアメリカを経済的にも軍事的にも唯一の超大国に押し上げた原動力であった。
 世界中の優秀な頭脳が機会を求めアメリカに移入した。アメリカ社会は、移民も自由に研究ができ起業もできる。
 国際企業家の豊富な資金力がこれを後押しした。それにアメリカではグローバリズムが信奉されてきたことも大きく影響した。
 かくて富がアメリカに吸い寄せられるシステムができあがった。 
 アメリカは歴史上どの国も達したことがない経済的繁栄を謳歌した。
 このグローバリゼーションには欠点があったが繁栄するアメリカ社会で長いこと問題にされることはなかった。
 だが、2008年の金融危機を機にそれは徐々に表面に現れてきた。ウオール街へのデモはその現れの一つである。
 その欠点とは何か。
 富が一部に集中し、国民の間に格差が生まれることである。
 現在のアメリカでの格差はどれほどのものか。

 「米連邦制度理事会(FRB)のイエレン議長は、米国で富と所得の不平等が19世紀以来で最も持続したペースで高まっていることを『非常に』懸念していると述べた。
 イエレン議長は17日、経済的不平等に関するボストン連銀の会議で講演。議長はFRBがまとめた2013年の消費者金融調査(SCF)を引用し、米世帯のうち資産規模で下半数の保有資産が全体に占める割合が1%にとどまった一方、富裕層上位5%の保有資産は全体の63%だったと述べた。」(2014年10月17日ブルームバーグニュース)

 全米資産の1%を国民の半数が分かち合っている。驚くべき数値である。
 米国のGDPの7割は消費である。消費は分厚い中間層によって支えられてはじめて安定的となる。
 このアメリカの資産保有分布をみる限りとても安定的とはいえない。
 アメリカのGDP成長に危険信号が灯ればすべてが危うくなる。 政治・経済はもちろん軍事とて例外ではありえない。ファリード・ザカリアが指摘した政治の停滞はグローバリゼーションによる結果といえる。
 なお問題なのは、TPP推進などをみる限り、このグローバリゼーションの流れはまだ勢いを失っていないことである。
 アメリカ覇権の翳りの原因は他にもあるがこのグローバリゼーションは主要な原因の一つであることは間違いない。

 アメリカが超大国の座から降りたら替わりに就く国はあるのだろうか。超大国は出現せず、ブロックごとのリーダ国の出現というのが大方の見方である。
 近い将来15~20年後見すえたとき超大国として中国とかインドの可能性を挙げる人もいる。
 この二つの新興大国のいずれも超大国・覇権国として君臨する姿は想像できない。
 中国は、共産党独裁政権、歪な経済成長、高齢化、インドはカーストのくびき(ファリード・ザカリアは文化の制約は克服可能と言っているが)、これらの制約による。
 ありうる近未来の姿としてはアメリカがトップ集団の1位(the first among equals)であり続ける姿が一番イメージし易い。
 幾多の弱点あるにも拘らずアメリカにはシェールガス革命、移民、不介入主義への回帰など再びアメリカを成長への軌道にのせる要素がある。

 最近200年間世界の覇権はイギリスとアメリカ、いわばアングロサクソン国家により壟断されてきた。
 特にアメリカはかってないほどの経済的繁栄と軍事力を築いた。その遺産は一朝一夕で雲散霧消する類のものではない。
 核開発、宇宙開発、産業などはロシア、中国、日本などに接近され一時的に凌駕されたこともあったが、軍事力、通信、金融などは一度たりとも首位を譲ったことがない。
 軍事用に開発されたインターネットは世界の姿を変え、今なおアメリカが主導権を握っている。
 基軸通貨米ドルは国際社会が不安定化すればするほど買われる。
 今米ドルに替わる基軸通貨を探すにもその候補となるものがない。
 ユーロは財政と一体となっていないため綻びが生じている。人民元は基軸通貨たるには中国経済の構造があまりにも歪だ。これらの通貨が基軸通貨の候補の資格ありとすれば世界最大の債権国である日本の円も資格ありといえる。
 基軸通貨の移行は、英ポンドから米ドルへの移行をみるかぎり覇権国の権限の一番最後になされる。
 世界のブロック毎に基軸通貨が誕生する日がきたとしても米ドルは相当の期間世界の基軸通貨であり続けるだろう。

 米国国家情報会議は、レポートで経済的不安要素として、非効率で高額な医療保険、中等教育の水準低下、所得格差などを挙げるが、ここ200年間で米国が築いてきた遺産に比べれば国力に与える影響度は少ない。
 このレポートは公表されること自体が政治的メッセージを意味しており、それ以上のものを求めるべきではない。

 以上のことを踏まえ『覇権国の行方』を予測してみよう。

 我々の視野に入る確かな未来、これから20~30年先を見通せばアメリカの覇権を脅かす存在は考え難い。
 仮にアメリカが目に見えて衰退するとすれば、グローバル化が果てしなく進み、アメリカ国民の格差が拡大し社会不安を招き、治安が悪化し優秀な移民が途絶える時であろう。だがその可能性は少ない。
 グローバル化の弊害が表面化すればこれを復元する力がアメリカにはまだ残っている。
 アメリカは多少の社会不安にはびくともしない社会構造となっている。
 アメリカ国民の4割近くがキリスト教ファンダメンタリストであり、これらの人々の秩序だった行動様式は誰しも認めるところであり社会学でいう『アノミー』とは無縁の人たちであるからである。

 長期的にはどうか。
 50~100年先などの長期の予測にどれほどの意味があるのか。予測しても責任ある予測と言えるのか。
 ケインズはかって言った。
   『長期的には我々は皆死んでいる』  彼が意図した意味とは異なるがこれは長期予測をする人に対するメーセージでもある。

2014年10月20日月曜日

衰退するアメリカ 11

 米国国家情報会議はアメリカ大統領の諮問機関であり、4年に一度大統領選に合わせて、任期の前に大統領のために報告書を提出する。
 その内容は世界情勢の分析および中・長期的予測である
 最新のものは、2012年12月『グローバル・トレンド2030』というタイトルで公表された。

 その”まえがき”にはこう記されている

 「2030年までに、中国やインドを含むアジアが世界をリードする最強地域となるのは確実でしょう。
 1500年以前は、アジアの帝国が世界の覇権を握っていました。それから500年を経たいま、アジアは再び世界をリードする存在になります。
 といっても、単純に過去に戻るわけではありません。世界は全く別の方向に変化していくことになります。」
(米国国家情報会議編谷町真珠訳講談社『2030世界はこう変わる』)

 この報告書で、世界銀行の試算をもとに、世界経済に占める中国とインドの役割について特別に言及している。
 因みに日本については急速な高齢化と人口の減少で『最も不安な国』として挙げている。
 中国は、2025年までの世界の経済成長の約3分の1を中国一国だけで担い、その貢献度はどの国よりも大きい。
 インドは15~20年後、日本やドイツを追い抜き、中国、米国に次ぐ経済大国に成長している。
 2025年、中国とインドの経済力を合わせると、その世界経済への貢献度は米国とユーロ経済圏を合わせた規模の約2倍にあたる見通しである。
 さらに米国について言及し、米国は新興国の台頭により『覇権国』から『トップ集団の1位』になると注目すべき予測を明記している。


 「米国の経済的な衰退は、世界経済に占める比重が減り始めた1960年代から始まっていますが、2000年代に入り中国経済が急速に発展したことで、その傾向がさらに顕著になりました。
 とはいえ、『革新力』では、常に世界をリードしてきました。米国の人口は世界人口の5パーセントにすぎませんが、2008年度に登録された世界レベルの特許の28パーセントを米国が占めています。
 世界的にトップランクといわれる大学の4割が米国の大学です。こういした”ソフトパワー”に加え、米国経済には今後の成長を下支えする好条件がいくつかあります。
 例えば、前述した安価な国産シェール系燃料の登場や活発な移民流入、ほかの先進国よりも若い労働人口などが挙げられます。
 米国経済は、早ければ2020年代にも中国に抜かれるとの予測があります。
 ですが、こうした米国が持つ好条件を考慮すると、2030年になっても米国は『トップ集団の1位』には留まるのではないかと考えられます。
 経済力、軍事力、ソフトパワーなどの条件を総合すると、米国を追い抜くのは容易ではないからです。
 ただ、複数の新興勢力の台頭により、1945年以降続いてきた米国を中心とする世界秩序ー『パックス・アメリカーナ』体制ーが急速に威力を失っていくのは間違いありません。」
 (前掲書)

 また同報告書では米国の抱える経済的な不安要素を3つ挙げている。

  第1に、非効率で高額な医療保険
  第2に中等教育の水準低下
  第3に所得格差

 これらの問題点は以前から問題であったが、2008年の金融危機でさらに表面化したという。

 米国の衰退は経済だけではなく軍事面にも及ぶ。

 「今後、米国は経済力だけでなく、軍事力も低下します。
 経済が弱まるなかで、現水準の軍事費を維持すべきかどうかは、今後、大きな争点となるでしょう。
 ちなみに、すでに軍事費の縮小は始まっています。冷戦当時、米国はGDPの平均7パーセントを軍事費に割り振っていましたが、ここ10年間はイラクやアフガニスタンでの軍事活動を含めてもGDPの5パーセント以下にとどまっています。
 米国の軍事費縮小だけでなく、同盟国の軍事力低下も米国の影響力低下に拍車をかけます。
 第二次世界大戦以降、米国の”力”はG7参加国が一体となって活動することによって補強されてきました。
 しかし、こうした西側同盟国の経済は弱体化し、新興国に追い抜かれてしまいます。
 2030年の世界でも、米国は世界で最も強い軍事力を維持するでしょう。
 しかし、こうした同盟国の弱体化を受けて、他の『勢力』との差が小さくなることは間違いありません。」(前掲書)

 このように米国は経済的にも軍事的にも衰退の道をたどるが、2030年の時点では世界のトップであることに変わりないという。
 同報告書は最後に、このような条件で未来の姿のシナリオをえがいている。

 「4つの『メガトレンド』と6つの『ゲーム・チェンジャー』の組み合わせ方によって、2030年の世界の姿は無限大に想像することができます。
 ここでは、そのなかから4つのシナリオを選び、紹介していきたいと思います。4つのシナリオは、あくまでサンプルです。
 現実の国際社会は、この4つのシナリオのどれか一つに沿って変化するというよりも、この4つのシナリオを複雑に絡めたような動きをしていくことになるでしょう。
 4つのシナリオは以下の通りです。

   シナリオ① 『欧米没落』型
   シナリオ② 『米中強調』型
   シナリオ③ 『格差支配』型
   シナリオ④ 『非政府主導』型    」 (前掲書)       

 この報告書はアメリカが自国および世界の行く末をどのように見ているかの公式見解である。
 未来の予測は権威ある機関だからといってそれに比例して確度が高まるものでもない。
 重要なことはこの報告書が世界の情勢をどう認識しているかである。学術的なものではないため予測の当否が問題ではない。
 アメリカが自国と世界をどのように認識しているか、そのこと自体が重要である。
 アメリカの認識そのものが世界に影響を及ぼすからである。
 未来は予測し難い。それ故この報告書でも複雑に絡まるシナリオを想定している。
 この報告書はアメリカの行く末を指し示したものではなく、それを考える契機となるべきものである。
 然らば『覇権国の行方』や如何に。

2014年10月13日月曜日

衰退するアメリカ 10

 次にファリード・ザカリアの著作について
 ファリード・ザカリアのアメリカについての分析と予測は、アメリカの政治中枢のジャーナリストならではものがある。
 彼の分析は『4割と1%』というキーワードで説明すれば理解が容易となる。
 4割とは、アメリカの総人口に占めるキリスト教ファンダメンタリストの割合であり、1%とは同じくアメリカの総人口に占めるアメリカの実質的な政治的・経済的支配者の割合である。この1%は主に多国籍企業家を中心とした人々である。

 アメリカの現時点でのマジョリティであるアメリカ生まれの白人層の出生率はヨーロッパ並みに低い。
 ザカリアは明言していないが、これら白人層は先に述べたように大半がファンダメンタリストでありアメリカのイノベーションとは縁遠い層である。
 事実彼は、
 『アメリカが移民を受け入れていなければ、過去四半世紀のGDP成長率はヨーロッパと同水準になっていただろう。
 イノベーションにおける優位性は移民の産物と言っても過言ではない。
 アメリカの大学で教育を受けた移民を国内で引きとめられれば、イノベーションはアメリカで起こる。彼らを母国へ帰してしまえば、イノベーションは彼らとともに海を渡るだろうと』
 と言っている。
 移民はアメリカの秘密兵器だという彼の説は事実に裏づけられている。

 ザカリアがアメリカの弱点として挙げているのは政治の機能不全である。
 彼はいう
 『過去30年間で特殊権益、ロビー活動、利益誘導予算はいずれも増大した。
 アメリカの政治プロセスは以前と比較して格段に党利党略の度合いが強まり、格段に目標達成の効率が低下している。
 反対反対と小賢しく立ちまわる政治家は、激しい党利党略を助長するだけでなく、党派を超えた尊い呼びかけを聞き逃す可能性が高い。』 と。
 多国籍企業家を中心とする約1%のアメリカの支配層とはいかなる人たちだろう。
 それらの人々が所属しているのが外交問題評議会、ビルダーバーグ会議、日米欧三極委員会などであり、特に外交問題評議会を、歴史家アーサー・シュレジンジャーはアメリカの支配階級の中枢部のための隠れ蓑組織と評した。アメリカ政治の奥の院と言われる所以である。
 TPPを実質上推進しているのはこの1%の企業家である。TPPに先行して締結されたカナダ、メキシコ、韓国などとのアメリカ主導による貿易協定であるFTAは、自国や相手国の国益よりも多国籍企業の利益を優先したものといえる。
 資本主義先進国アメリカではすべてのものが取引対象になる。 民間の対象は言うにおよばず公共のものもその対象になる。
典型的なものに刑務所の運営がある。刑務所が民営化された結果、受刑率が増えるという当然の帰結を招いた。
 さらに献金を通じて政治でさえ例外ではない。政治が取引対象になるということは何を意味するか。
 先に述べた1%の多国籍企業家が献金を通じて政治を自らの支配下におくことも可能となる。
 ザカリアが言うアメリカ政治の機能不全の淵源はここに発している。
 多国籍企業家による政治支配の結果、アメリカ社会に公共性の概念が薄れ、このことが今日のアメリカ政治の機能不全を招いたと言える。
 ザカリアの指摘に異論はない。


 アメリカの一極支配は終わりつつあるが、かわりに台頭する新興大国として、ザカリアは中国とインドを挙げ分析している。

 中国について、アメリカの対処は心許ないという。
 中国の活気あふれる市場経済と圧倒的な人口を相手に、冷戦時代とは異なった相手のやり方にアメリカの準備は殆んど整っていないという。
 過剰な中国脅威論と言えなくもない。
 国力とは総合力であり、一部だけ抜きん出ていてもそれは全体をあらわさない。
 インドのタージ・マハル、中国明代の鄭和大船団、北京の紫禁城を例に挙げ、
 『巨大社会の活力と資源が、少数の国家事業に集中すれば、成功に至る確率は高くなる。
 しかし、このような成功は、社会全体の成功にはつながらない。 ソビエト連邦は1970年代、宇宙計画の成功を誇りとしていたが、国の技術力全般でみると、世界の工業国の中で最も遅れていたのだ。』
 とザカリア自身が言っている。
 現下の中国の成長は1970年代のソビエト連邦ほどではないにしてもバランスを伴っているとはいい難い。

 ザカリアが母国インドに向ける眼差しは期待を込めた優しさに満ちている。
 貧困と劣悪なインフラに満ちたインドの現状にも拘らず、インドは19世紀末のアメリカ合衆国に似ている。
 『インドには成長を続ける巨大経済、魅力的な民主政治、刺激に満ちた世俗主義と寛容精神のモデル、西洋と東洋にかんする鋭い知識、アメリカとの特別な関係という長所を利用する手がまだのこっている。』
 現状の比較でも
 『世界有数の貧困国インドと、世界一の富裕国アメリカには、ひとつの共通点がある。社会が国家よりも幅をきかせているという点だ。』
 と彼は言っている。

 かってゴールドマン・サックスのジム・オニール会長は中国よりもインドの方がより高成長を見せるかもしれないと言った。
 潜在的なインドの能力を考慮すれば妥当な予測であり、ザカリアのインドに対する期待も過剰とまでは言えない。

 エマニュエル・トッドとファリード・ザカリアは、視点は異なるもののアメリカの一極支配は終わりつつあると言う点では一致している。
 ところでアメリカ自身は自国の行く末をどのように予測しているのだろうか。
 最後に、これを見て、『覇権国の行方』を考えてみたい。

2014年10月6日月曜日

衰退するアメリカ 9

 前2稿のアメリカへの理解を前提として、エマニュエル・トッドとファリード・ザカリアの著作をもとにアメリカの行く末を考えてみたい。
 まずエマニュエル・トッドの著作から
 エマニュエル・トッドは真の帝国に値する組織には常に2つの特徴があり、その資質を備えているという。そしてアメリカにはこれらが著しく欠けているという。

 その1つは、全世界から搾取するための軍事的・経済的強制力である。
 彼によればアメリカの軍事力は海空の制圧力には疑いの余地はないが地上戦については第2次大戦の欧州戦線でのアメリカ軍の戦いぶりを引き合いにだし帝国にふさわしい能力を備えていないという。
 アメリカに限らず世界帝国は常にその版図を可能なかぎり拡げてきた。
 アメリカも建国以来、版図を西へ西へと拡げていった。
 初期はアメリカ大陸の東部から西部へ、さらに太平洋の島々をわたり東アジア、南アジアを経てその手は中東にまでおよびついにイラクまで到達した。
 昔日の版図の定義には当て嵌まらないが実質上の版図拡大であった。
 エマニュエル・トッドはこれら帝国空間を維持するためには圧倒的な地上軍が不可欠だがアメリカにはその能力がないという。
 だが戦争の形態は時代とともに変化する。往年の敵味方分かれての決戦形式の戦争は今やどこにも見ることはできない。
 ベトナム戦争以降、戦争の形態は一変した。
 無人機・ミサイルによる応酬戦、ゲリラ戦、テロ戦、サイバー戦、情報戦などが主流となった。
 かかる時代に強力な地上戦能力を持ちえたとしてもそれだけで帝国空間を維持することなどできない。
 地上軍の弱点を指摘しアメリカの帝国としての鼎を問うのは的を得ているとは言い難い。

 アメリカの経済的強制力のもとは基軸通貨ドルを利用したシステムである。
 エマニュエル・トッドはアメリカが赤字をだしても物を買ってくれれば世界が喜ぶシステムであるという。アメリカはドル札の輪転機をまわすのみ。
 蟻がキリギリスに食べ物を受け取ってくれと頼んでいるようなものだ。
 アメリカの生産は空洞化し金融によって支えられている。このようなシステムはアメリカを支える国々の指導層の同意なしには継続しない。そしてその日が終わる日は近いと言っている。
 1992年レーガン政権の財政委員会のメンバーであったH・フィギー・Jrが『BANKRUPTCY 1995』を上梓した。
 日本でクレスト社竹村健一訳で『かくてドルは紙クズとなる』というタイトルで出版された。
 この本でフィギーはアメリカは3年後に破産すると言ってのけた。余程自信があったのだろう。
 彼が予言して20有余年、ドルは基軸通貨として不動のままだ。
 この手の予測は星の数ほどある。何もドルにかぎらず、日本国債にしても然り。
 仮に基軸通貨ドルがその地位を明け渡すにしてもかなりの移行期間を要すだろう。
 現にポンドからドルへの移行には20世紀初頭から1944年のブレトン・ウッズ体制まで30~40年を要した。
 エマニュエル・トッドがいう2050年までと言う予測は辛すぎると見るのが妥当だろう。まして次の基軸通貨となる候補の影さえ見えない現状においてはなおさらそうである。

 エマニュエル・トッドが帝国としての資質に挙げる2つ目は普遍主義である。
 普遍主義とは人間と諸民族を平等主義的に扱う能力であり、それは征服者、被征服者を問わない。
 アメリカは1950年から1955年ごろまでは普遍主義も絶頂で謙虚で寛大であったという。
 ところが2000年以降弱体化し非生産的になったアメリカは謙虚でも寛大でもなくなったという。
 エマニュエル・トッドが指摘したアメリカの不寛容はイラク戦争以降アメリカの行動に顕著に現れている。
 ソヴィエトとの冷戦時代と比較してもそうである。
 その根底はエマニュエル・トッドが指摘する経済的・軍事的弱体化にあることに違いないが、ことイスラム社会に対してはそれに加え宗教的な対立も見逃せない。
 イスラム社会の根深いアメリカ不信の根底にはキリスト教徒に対する不信があり、聖戦意識を掻き立て敵意は止まることを知らないかのようだ。
 プロテスタントを主体とする宗教国家アメリカにローマ帝国と同様の普遍主義を求めることには無理がある。
 人口論と家族論を武器に鋭く文明を予測する人類学者エマニュエル・トッドが論じた2050年までというアメリカ衰退論はいくつかの疑問はあるにしても貴重な警世の書であることに変わりはない。