2016年7月11日月曜日

揺らぐEU 3

 次にドイツとともにEUの中核であるフランス社会の現状分析について。
 フランスはEU創設の中心メンバーでありこの国の動向がEUの未来に与える影響は大きい。
 近年ヨーロッパ社会でわれわれの耳目をひきつけるものに ”移民に起因する経済格差の拡大” と ”イスラム過激派テロの脅威” がある。

 移民に端を発する経済格差の拡大は深刻である。その証左にEU内で反移民を主張する反体制派勢力の著しい台頭がある。
 それらの勢力には、スウェーデン民主党、オランダ自由党、オーストリア自由党、ドイツAID、フランス国民戦線、スペインPodemos およびイタリア五つ星運動などがある。
 
 ここでは最も影響力が大きいと思われるフランス国民戦線をとりあげてみよう。

 フランス国民戦線の党首マリーヌ・ルペンは、2014年の欧州議会選挙戦で移民問題について演説している。

 「そうです!フランス人はここ何年かの間にたくさんのことを理解しました。
 まず、明白になってきているEUと移民の関係です。みんな今日フランスを侵略している大量の移民を嘆いています。
 シェンゲン協定 - フランスのもっとも欧州派の党、すなわち右派連合と社会党、そしてその衛星党が賛成投票したこの凶悪な協定のために、私たちは国境のコントロールができなくなりました。
 あらゆるEUの出身者、つまりルーマニア人やブルガリア人が自由に合法的にフランス中を動き回っています。
 国境と税関が復活することを心配するボボ(鼻持ちならないエリート連中)はいつでもいます。
 しかし、国境を廃止さえしなければ、私たちはこれほどの不法移民、いや合法的とされた移民の猛威を知らなくてすんだのです!」
(広岡裕児著新潮社『EU騒乱』)

 次いで彼女の演説は 『経済、雇用、人々の生活の問題』 へと移っていった。

 「EUのせいで、わが国の脱工業化が進み、何十万という大変な失業を生んだ。
 EUのせいで、我々は産業を保護することができない。不正競争をしている国からの輸入禁止もできない - そんな主張をしながら、力強くこう言い放った。
 『EUの馬鹿げた規則によって、もっとも乱暴で貪欲な多国籍企業に得点が与えられる。
 彼らが最も競争力があるから入札で受注を勝ち取る。
 奴隷を働かせれば働かすほど、虐待すればするほど、賃金を少なくすればするほど、消費者の安全をないがしろにすればするほど、地球を破壊すればするほど、金持ちになるチャンスがあるのです!』
(前掲書) 」

 EUこそフランス人の生活を脅かしているという彼女の主張はおおよそ欧州の反EU勢力の考えを集約している。
 ルペン家の三女マリーヌ・ルペンは2011年に党首の座を父親のジャン=マリー・ルペンからゆずり受けた。
 すんなりとゆずり受けたわけでなく、当初は長女が党首を継ぐはずであったが、長女が夫とともに父親に反旗を翻したためその結果三女のマリーヌが党首の座を継いだのだ。
 三女もまた父親との折り合いがいいとは言えず未だに訴訟合戦の泥仕合を繰り返している。
 わが国の大手家具販売会社顔負けの父娘喧嘩である。これくらい元気がないと反体制派党首はつとまらないということか。
 支持者たちにとって、彼女は現代のジャンヌ・ダルクである。
来年2017年5月にはフランス大統領選挙が予定されており彼女はそれに立候補し当選したらEU離脱を問う国民投票を実施すると公言している。
 最新の世論調査によれば彼女の第1回投票における支持率は28%で決戦投票進出が有力と報じている。

 もう一つ話題を集めているものにイスラム過激派のテロの脅威がある。これには根深い問題が潜んでいる。
 頻発するイスラム過激派のテロでも特に目を引くのがフランス パリの風刺雑誌 『シャルリ・エブド』 襲撃事件であろう。
 2015年1月7日のパリの風刺雑誌 『シャルリ・エブド』 がイスラム過激派の武装集団に襲撃された事件が発生した。
 衝撃的な事件であったがそれ以上に驚いたのは事件4日後の1月11日に実施されたパリにおける大規模デモとその顔ぶれである。
 オランド仏大統領、メルケル独首相、キャメロン英首相、イダルゴ パリ市長、ユンケルEU委員長、サルコジ仏前大統領、トゥスクEU大統領、ラブロフ露外相、アッバース パレスチナ大統領、ナタニヤフ イスラエル大統領、ソマルーガ スイス大統領、ポロシェンコ ウクライナ大統領などなど、これら要人が腕を組みデモの先頭にたって行進したのだ。異様としかいいようがない。同日これに呼応するようにフランス全土でデモが行われた。

 フランスの歴史学者エマニュエル・トッドはそれを発表したことで侮辱を受けたという彼自身の著作の中で、デモの参加者を詳細に分析しその結果につきこう述べている。

 「1月11日に自己表現した社会的勢力は、マーストリヒト条約(欧州連合条約)を受け入れさせた勢力である。
 殺害事件から生まれた情動が1月11日に蘇らせたのは、共和国ではなく、ヨーロッパの新秩序の中でむしろ共和国を溶解させてしまうことに投票した連合体だ。
 デモ隊の構成をよく見ると、国立統計経済研究所(INSEE)が分類する社会職能一覧の内の『中間』カテゴリーが、2005年の社会騒動のときにはその連合体から離れていたのが、2015年には、フランス社会においてイデオロギー的に支配的な集合体の中に立ち帰ったのだと推察できる。
 『中間』層がそちらへ靡いたからこそ、満場一致の空気が発生したのである。
 問題のデモはフランス社会の階層構造の上半分と、ポスト・カトリシズムに特徴づけられる周縁部分を主な土台としていた。
 そのことから見て、国民レベルの満場一致というよりも、ひとつの集合体ないし連合体のヘゲモニーということを語らざるを得ない。民衆は沈黙に追い込まれた。」
(エマニュエル・トッド著堀茂樹訳文春新書『シャルリとは誰か?』)

 デモ参加者を地域別に分析した結果、2005年10月パリ郊外で北アフリカ出身の若者が警察に追われ変電所で感電死したことをキッカケに若者達がフランス全土で起こした暴動時は、中間層は反体制的であったが、1月11日のデモでは体制派に組み込まれてしまったと結論づけている。
 なぜそうなったか。経済格差の拡大による中間層の不満がイスラム恐怖症にとって変わられたから、より正確にはエスタブリッシュメントによってそのように誘導されたから。
 その結果どうなったか。

 「1月7日のおぞましい事件がもたらした感情的ショックは、フランスを支配しているイデオロギー、すなわち自由貿易、福祉国家、ヨーロッパ主義、緊縮財政などを改めて念押しする機会を提供した。
 だが、それだけではなく、新しい現象、冗談ではなく心配になるような現象が発生している。
 『イスラム教』が固定観念と化し、熱狂的に『ライシテ(世俗性)』を唱える言説が社会のピラミッドの上半分に拡がっていく現象だ。 
 突きつめていえば、国民戦線への投票が民衆層に定着することよりも、このほうが遥かに危なっかしい。
 革命的な地殻変動は、左翼のものであれ、右翼のものであれ、常に中産階級の内部での意見の変動の結果として起こる。
 民衆の内部からそんな影響が及んだ例はない。民衆は『操作される大衆』にしかならない。」(前掲書)

 大衆は理性よりも感情により敏感に反応する。それも予め操作された方法で。
 エマニュエル・トッドはフランスの行く末をこのように懸念している。
 不幸にも2015年11月13日パリで死者130人にも及ぶ大規模テロが発生したが、この事件ははからずも彼がフランス社会の危機について分析した結果が正しいことを証明した。
 フランスは揺らぐEUのシンボル的存在といって言い。

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