2015年6月29日月曜日

リンカーンの懸念 3

 アメリカの経済格差の主要な原因は、一部の富裕層がロビー活動によって政治、経済のルールを自己の都合のいいように変え独占的に超過利益を得、富を中下流層から収奪し上流へと移動させたことである。
 スティグリッツ教授はこれをレントシーキングによる格差拡大と呼んでいる。
 レントシーキングにあたって、富裕層はそれがすべての人々の利益になると大衆を信じ込ませてきた。
 レントシーキングの典型としてスティグリッツ教授は金融を例に挙げ、一部富裕層が市場と政治に対する影響力を、自分たちに都合よく利用し、残りの人々を犠牲にして収益を得る様をつぎのように述べている。

 「最も悪名高いレントシーキングの形態 --- 近年になって最もみがきのかかった手法 --- は、金融界が略奪的貸付や濫用的クレジット業務を通じて、貧困者層と情報弱者層から大金を搾り取るというものだ。
 貧困者ひとりひとりはそれほど金を持っていなくても、大勢の貧困者から少しずつ巻き上げれば、莫大な儲けを手に入れることができる。
 政府に社会正義の感覚 --- もしくは経済全体の効率性に対する懸念 ---が少しでもあれば、これらの活動を禁止するための措置が施されただろう。
 貧困者から富裕層へ金が移動するプロセスでは、かなりの量の資源が失われる。
 だからこそ、これはマイナスサム・ゲームと呼ばれるのだ。
 しかし、実態がどんどんあきらかになってきた2007年ごろでさえ、政府は金融界の行為を禁止しようとはしなかった。
 理由は明快。金融界はロビー活動と選挙支援に巨額の資金を投じてきており、その投資が実を結んだのだ。
 ここで金融界をとりあげる理由のひとつは、現在アメリカ社会で見られる不平等が、金融界から強い影響を受けてきたことにある。
 今回の世界金融危機の発生に金融界が果たした役割は、誰の目にもあきらかだ。
 金融界で働く人々でさえ責任を否定していない。
 内心では、業界内の別部門に責任があると思っているのかもしれないが・・・。 
 とはいえ、わたしがこれまで金融界について述べてきたことは、現在の不平等を創り出してきたほかの経済主体にもあてはまる。
 近代資本主義は複雑なゲームと化しており、少し頭が切れるくらいでは勝者になれないが、多くの場合、勝者は感心できない特性を持ち合わせている。
 法律をかいくぐる能力や、法律を都合よくねじ曲げる能力や、貧困者をふくむ他人の弱みにつけ込む意志や、必要とあれば ”アンフェアー”なプレーをする意志だ。
 このゲームで成功している達人のひとりは、『勝負は問題ではない。重要なのはどうプレーするかだ』という昔の金言をたわごとと切り捨てる。
 重要なのは勝つか負けるかだけなのだ。
 市場は勝ち負けの基準をはっきりと示してくれる。
 持っている金の量だ。」
(ジョセフ・E・スティグリッツ著楡井浩一・峯村利哉訳徳間書店『世界の99%を貧困にする経済』)

 アメリカが先進国の中で所得階層間の移動性が一番少なく機会均等がそこなわれているがその原因は何か。
 主要な原因は不平等の拡大によって生じた機会均等の喪失である。
 不平等の拡大によって親の子供に対する投資に格差が生じ、これが所得階層間の移動性を低下させているとスティグリッツ教授は述べている。

 「中下層の子供たちが良い教育を受けられる可能性は、上層と比べて絶望的に低い。
 特に全大学生の70パーセントを受け入れる公立大学で、学費の伸びが所得の伸びを大きく上回っているため、親の所得の重要性は高まる一方だ。
 学資ローンに対する公的助成制度が格差を埋めてくれるのではないか、と疑問に思う読者もいるかもしれない。
 しかし、残念ながら答えはノーであり、ここでも金融セクターが機能不全に少なからぬ責任を負っている。
 今日では、さまざまな逆インセンティブが働く金融市場と、権力濫用を防ぐための規制の欠如が合わさった結果、学資ローンの支援制度は、貧困層の人々を助けるどころか、さらなる苦境に追い込む可能性があるのだ。(じっさい、多くの人々を苦境に追い込んでいる)。
 金融セクターは政治力を使って、個人破産による学資ローン債務の免除を禁じさせた。」(前掲書)

 アメリカの経済格差と機会均等の喪失は進むばかりで、それをなくそうという働きかけすらない。
 アメリカの政治制度は、”1人1票”から ”1ドル1票” の様相を呈し市場の機能不全を是正するどころかそれを助長しているという。
 金の力がすべてを支配する社会に成り果て民主主義そのものが危機に瀕しているともいう。 
 150年前にリンカーン大統領が友人宛の手紙で懸念したことが不幸にも的中したことになる。
 スティグリッツ教授のアメリカ経済に対する分析は、自らクリントン政権下で、大統領経済諮問委員会に参加、委員長に就任し、アメリカの経済政策の運営にたずさわった経験、および学者としての透徹した識見に裏打ちされ、余人を以っては代えがたい説得力あるものと言える。

 アメリカは最盛期は過ぎたかもしれないが今なお覇権国であり世界に対する影響力も大きい。
 まして同盟国であるわが国に対してはなおさらそうである。
 次にアメリカ社会がわが国に及ぼす影響について考えてみよう。

0 件のコメント:

コメントを投稿