2015年6月15日月曜日

リンカーンの懸念 1

 第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーン、歴代アメリカ大統領の中でも常に人気 1、2位を争うこの偉大な大統領は、暗殺される5ヶ月前、南北戦争で勝利が見えたころ前面の南軍ではなく背後の金融資本家の脅威について、友人のウイリアム・エルキンス宛に次の手紙を書いている。

 ” 私には、近い将来の危機がみえる。この国のことを考えると、ぞっとし、身震いする。・・・・・企業が王座につき、高位高官の人々の汚職の時代が続くだろう。
 この国のお金の力は、人々の偏見に働きかけて、自分の治世を長引かせようと努めるだろう。
 そしてついにあらゆる富は少数者の手に握られ、この共和国、人民が支配する国は、破壊される。・・・・エイブラハム・リンカーン1864年11月21日 ”
(集英社新書ヘレン・カルディコット著岡野内正/ミグリアーチ慶子訳『狂気の核武装大国アメリカ』)


 リンカーンは同書簡でこの国の行く末について
 ”金融資本家に対する懸念は今次の戦争にもまして大きい、神のご加護あらんことを ” と結んでいる。

 リンカーンが暗殺されて150年経った今、アメリカの現状はどうか。
 リンカーンが懸念した富める少数者による支配、この実態について書かれた日米の著作を検証し、そしてこれが日本におよぼす影響について考えてみたい。

 まず日本のジャーナリスト堤未果の著作から。 
 彼女は反米であった父親の影響もあってかアメリカの負の部分に異常に光をあて自らの主張を繰り返している。

 「いま世界で進行している出来事は、単なる新自由主義や社会主義を超えた、ポスト資本主義の新しい枠組み、『コーポラティズム』(政治と企業の癒着主義)にほかならない。
 グローバリゼーションと技術革命によって、世界中の企業は国境を超えて拡大するようになった。
 価格競争のなかで効率化が進み、株主、経営者、仕入れ先、生産者、販売先、労働力、特許、消費者、税金対策用本社機能にいたるまで、あらゆるものが多国籍化されてゆく。
 流動化した雇用が途上国の人件費を上げ、先進国の賃金は下降して南北格差が縮小。
 その結果、無国籍化した顔のない 『1%』 とその他 『99%』 という二極化が、いま世界中に広がっているのだ。
 巨大化して法の縛りが邪魔になった多国籍企業は、やがて効率化と拝金主義を公共に持ち込み、国民の税金である公的予算を民間企業に移譲する新しい形態へと進化した。
 ロビィスト集団が、クライアントである食産複合体、医産複合体、軍産複合体、刑産複合体、教産複合体、石油、メディア、金融などの業界代理として政府関係者に働きかけ、献金や天下りと引きかえに、企業よりの法改正で、”障害”を取り除いてゆく。
 コーポラティズムの最大の特徴は、国民の主権が軍事力や暴力ではなく、不適切な形で政治と癒着した企業群によって、合法的に奪われることだろう。」
(堤未果著岩波新書 『(株)貧困大国アメリカ』 あとがき)

 彼女は ”貧困大国アメリカ” シリーズ3部作でアメリカにおいては、食料、医療、軍需、金融、石油、メディアおよび立法府に至るまで、顔のみえない ”1%” がアメリカ国民の ”99%” の人々の暮らしそのものを蝕んでいる実態を克明に描写している。 彼女は、顔のみえない”1%”による政治への癒着の枠組みコーポラティズムがアメリカ国民を貧困化させアメリカ国民の主権をも奪っていると断じている。

 コーポラティズムの極めつけは企業による立法府の買収だろう。

 「 『アメリカという国をすきなようにしたければ、働きかけるべきは大統領でも上下院でもない。最短の道は、州議会だ』 
 ネイション誌のワシントン特派員で、メディア改革推進団体フリープレス創始者のジョン・ニコラスは断言する。
 50州からなる合衆国は、それぞれの州に独自の法律と自治権が与えられている。
 日本のように大きな財源と権限を持つ中央政府とは違い、アメリカの連邦政府は外交や軍といった業務を中心とした、究極の地域主権だ。
 憲法も、共通のアメリカ合衆国憲法と、各州で適用される独自の州憲法の二つがある。
 州は州法の制定と施行、課税権を担い、教育や労働、環境や暮らし、公衆衛生に医療福祉など、州民の日常生活に最も影響する分野での、強い権限と責任を手にしている。
 『つまり』 とニコラスは言う。
 『州を制する者は、国民生活の隅々まで及ぶ影響力を手にできるということです』 」(前掲書)

 実質上アメリカ人の生活を左右する州議会への働きかけはどのようになされるのか。
 それは米国立法交流評議会(American Legislative Exchange Council = ALEC )を通じてなされているという。
 ALECは、州議会に提出される前段階の法案草稿を、議員が民間企業や基金などと一緒に検討するための評議会である。

 「ALECは企業ロビィストや政治団体でもなく、NPO(特定非営利団体)として登録されている。
 だがその実態は、通常のロビィストや政治団体よりはるかに強大な力を持つ、非常に洗練されたシステムだ。
 『ALECは、”フォーチューン 500” の上位 100 企業の半数がメンバーになっています。政策草案をつくっていたのは、誰もがよく知っている、多国籍企業の面々でした(中略)
 評議会で出される法案は、どれも企業にとって望ましい内容になっている。
 税金、公衆衛生、労働者の権利、移民法、民間刑務所、刑事訴訟法、銃規制、医療と医薬品、環境とエネルギー、福祉、教育などテーマは多岐にわたり、それぞれ業界ごとに後押しするしくみだ。
 ”ここでは議員と企業群がそれぞれ別々の部屋で法案を検討し、採決をとるのです。
 ただし企業側には拒否権があり、基本的に議員はそのまま受け入れ、それぞれの州に持ち帰りますね。
 そして今度はそれを、自分の法案としてそのまま州議会に提出するのです” 』(前掲書)

 銃乱射事件が起きてもいっこうに銃規制されないとか、受刑者を量産するシステムの刑務所とか、われわれには、にわかに理解できないことがあるが、その背景にはこのような州法制定の経緯があった。
 アメリカ社会の負の部分を暴いた彼女の著作は、その部分に限るとはいえ説得力あるものといえる。

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