2018年10月15日月曜日

持続の帝国 中国 2

 第二次世界大戦時 アメリカは敵国日本について徹底的に分析した。
 「菊と刀」で知られるルース・ベネディクトは日本人の行動パターンについて調査研究しその成果を政府に報告した。 アメリカは戦争相手の物理的戦力だけでなくその他の戦争遂行に必要な要素すべてを目的合理的に分析した。
 一方当時の日本がアメリカの国力や戦力以外に何か有効な分析を行なったという証拠はない。
 大本営は総力戦といったが真の意味で総力戦ではなかった。国の総力を挙げて戦うことを軍国主義というならば当時の日本は軍国主義ではなかった。

 米中貿易戦争は対岸の火事ではなくわが国の利害に直結する。
 中国を知るには国力、経済力、軍事力だけでなく中国人そのもの中国人の行動パターンを知らなければならない。第二次世界大戦の教訓がここにも生きる
 中国人を知るには中国の歴史を知るにしくはない。なぜなら中国の歴史は驚くほど正確に記述されかつよく知られているように反復に反復を繰り返すからである。
 革命は起こるが革命前と革命後の社会にさして変化はない。変わるのは為政者の姓のみ。ゆえに易姓革命といわれる。

 ”共産革命にもかかわらず中国の歴史の法則は不変である” こう断言するのは中国の歴史を跋渉した小室直樹博士である。

 「社会科学に実験はできない。自然科学とはちがって社会科学の進歩がおそい所以である。
 しかし、同型の事象が、続けてはてしなく生起してくれれば、実験をしなくても、実験をしたのときわめて類似性の高い条件が見出されるであろう。
 また、ウェーバー派の比較社会学の座標軸としても、中国史は絶好なのである。
 このように、中国史というサンプルは、歴史家を不幸にするが、科学者をこのうえなく幸福にするのである。
 『類似の事件』が『延々と繰り返し』生起するが故に、そこに法則を発見し得るからである。換言すれば、それはこういうことになる。
 『類似の事件が連続して起こるのは、事件が実は【仕組まれた】もので、偶発的なものでなかったことを示している』(安能努 中華帝国志 上 講談社文庫)『仕組まれたもの』とは、そこに定石があるということである。定型があるということである。
 その『定石』や『定型』を発見することが歴史における社会法則(政治法則、経済法則を含む)の発見にほかならない。
 それであればこそ、われわれは、中国史のなかに中国の本質を発見し得るのである。
 中国史は、如何なる調査よりも有効に、中国人の基本的行動様式を教えてくれるのである。
 このさい、中国人が歴史をどう意識するのかは関係ない。中国人の歴史知識とも関係ないのである。
 社会法則は、人間の意志や意識とは関係なく独立に動く。このことは英国古典派によって発見され、マルクスはこれを人間疎外と呼んだ。」(小室直樹著徳間書店『小室直樹の中国原論』)

 同じようなことが延々と続く、社会制度も社会構造も法律も革命の前と後で変わらない。変わるのは天子の姓のみ。
 このような中国を、ドイツの哲学者ヘーゲルは ”持続の帝国” といった。


 なぜ中国は変わらないのか。それは中国人の行動様式が変わらないからである。
 では中国人の行動様式とはなにか。その鍵は中国人の人間関係にある。
 かって中国の最高実力者 鄧小平は、訪日時に ”中国人は井戸を掘った人を忘れない” といって多忙な日程を割いて日中国交回復に尽力した田中角栄元首相の私邸を訪ねた。いかに恩義を大切にしているかを示すためである
 中国人はなにより人と人との繋がりを重視する。人間関係が中国人の行動パターンを決めるといってもいい。中国の歴史はこの積み重ねによって営々と築かれてきた。
 では中国人の人間関係はどういう仕組みになっているのか。仔細に見てみよう。

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