2017年6月12日月曜日

自殺について 6

 経済的困窮は主な自殺原因の一つである。日本は経済が停滞しているとはいえ国際的には貧困とはいえない。2016年のG7一人当たりGDPでも5位と決してかけ離れて悪いわけではない。
 社会不安が高まれば人びとの精神もそれにつれて不安定となり自殺率も高くなりがちである。ところが日本は戦後70年以上平和を維持してきた。外国で頻発するテロや過激なデモも殆んどなく治安は安定している。
 生活保護を受けている人や老人など社会的弱者の孤独死や自殺が時々メディアで話題となる。弱者保護の福祉が行き届いていないのが原因であろうがこれとて日本がとりたてて遅れているとも思えない。
 どこからみても日本の高自殺率を説明できない。心理学者や精神病理学者たちが社会の閉塞感とか日本社会特有の甘えの構造などから説明したとしても無駄な努力だ。真の原因を突き止めることは難しいだろう。個人的な性格や精神をいくら分析したところで自殺の原因が他にあれば徒労に帰す。
 なぜあの子が自殺したのか分からない。友達も学校も自殺の原因について思い当たらない。一番身近な両親でさえ分からない。傍から見て自殺する原因について皆目見当がつかない。芥川龍之介が”ぼんやりした不安”というように自殺者本人でさえハッキリした原因が分からないまま自殺するのだから始末に負えぬ。

 本当の要因はなにか? 日本の若者の高い自殺率からそれを解剖してみよう。
 既に検証したように1937~1943年と1958~1966年は自殺率急減期であった。
 前者は現人神であった昭和天皇のもと戦時中の日本であり、後者は高度成長真っ盛りでいずれも国民がハッキリした目標を持ち一致団結していた。
 これとは逆に1990年代以降は日本人の信念が揺らぎ自信をなくした時期で自殺率が急増した時期である。
 世相の変化をいち早く敏感に捉えるのはいつの時代でも若者と相場はきまっている。
 下図はG7各国の若者の死亡率比較(2014年)で日本の若者の自殺率の高さが突出している。
日本の若者の自殺数の高さと原因
 図についての国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対センター山内貴史研究員(認知行動科学・疫学)のコメント。
 「日本以外の各国では、若年層の死因はがんなどの病気、交通事故などのほうが自殺よりも多くなっています。
 ところが、日本では中高年の自殺死亡率は下がったものの、若年層の精神的な弱さが目立っています。
 他国のように、ストレスの対処法を教育で教わっていないからではないでしょうか。」 
   (2015.5.12日刊SPAニュースから)

 ストレスの対処法を学校で教えるべきか疑問であるがこれを教えれば自殺率減少には多少役立つかもしれない。が、ストレス対処法を知らないのが自殺の原因であるというのはいかにも表層的な見方に過ぎる。極度のストレスによって人は自殺するかもしれないが問題となるのはそこまでに至る原因である。

 このようなケースでは社会科学的分析にしくはない。日本は終戦を機に秩序が一変した。具体的には天皇が現人神から人間天皇・象徴天皇へと変わった。
 三島由紀夫は著書『英霊の声』で「などてすめらぎはひととなりたまいし」と嘆いた。
 このときから日本の権威が失われた。 ここでいう権威とは物事の是非を判断すること、なにが正しくてなにが正しくないかを決めること。
 極論すれば法の創造である。平明にいえば社会の法とは別に生き方の法があり、これが創造者が不在となった。このことが意味することはとてつもなく大きい。
 かって家庭においてはなにが正しくてなにが正しくないかを父親が決めていた。父親とは父性のことで母親がその役を担うこともある。父性の欠如は国中を荒れまくり戦後70年を過ぎてもなおその猛威は収まることを知らない。ただこれのみにて自殺率急増を説明できない。
 見逃せないのは90年代後半はこの父性の欠如に加え年功序列、終身雇用をはじめそれまでの社会の枠組みが音をたてて崩れはじめ新自由主義的な思想が跋扈しグローバル化がすすんだ。
 西欧の自由主義国から、社会主義の優等生と揶揄されるような日本にとってこの波は暴風雨である。
 いわば厚い親の庇護のもとにいた子どもがいきなり荒野に放り出されたようなものだ。
 グローバル化は格差拡大の弊害はあるものの個人主義・自由主義のアメリカにとってはその延長線上でしかなく、伝統ある福祉国家ヨーロッパのセーフティネットを揺らすこともない。
 新自由主義的思想の荒波はグローバル化となって、父性の欠如から権威が失墜した日本を容赦なく襲い、従来の社会構造を粉々に破壊し人びとを無連帯化した。
 この被害者は鈍感な大人ではなく敏感な若者である。若者たちは意識すると否かにかかわらずこれを敏感に受け止めた。下図はそのことを示している。
 
(2016.1.12 PRESIDENT Online舞田敏彦氏作成データ)

 90年代の若者の自殺率急増とその後上昇の一途を辿る若者の自殺率は異常としか言いようがない。
 経済的困窮、社会不安、将来への絶望、このような心配だけで日本の若者が自殺に走るのではない。仮にそうであれば日本より他の先進国のほうがもっと自殺率が高い筈である。
 繰り返し言おう。日本の若者が自らの生命を放棄するのは父性の欠如に伴う権威の崩壊と社会構造が根底から覆ったことによる無連帯・アノミーが原因である。わが国の自殺対策はこのことを踏まえ策定されなければならない。

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