元法務官僚の坂中英徳氏は、日本はもともと雑種文化であり、ルーツも北方、西方および南方渡来の寄せ集めであり、大量の移民受入れも何ら違和感はないと言い、産業競争力会議の竹中平蔵議員は、アメリカでもオーストラリアでも成長戦略を議論する場合には、まず最初に移民の問題を議論すると言った。
これらの発言を聞けば、日本もアメリカのように、移民によって世界の英知を集めれば、人口減対策にもなるし、国の発展に寄与すると思う誘惑にかられるかもしれない。
しかしこれほど主体性を欠いた議論はない。
坂中氏のいうルーツとはいつのことか、先史時代と現代とを比較してどれほどの意味があるのか。人間のルーツは猿であったと言ったほうがまだ罪は少ない。前者はいかにも関連性があるかのような錯覚を起こすからである。
産業競争力会議の竹中平蔵議員がアメリカやオーストラリアの例を持ち出しているが、これらの国は最初から移民で成り立っており、これらの国とわが国を同列で比較するのは乱暴すぎる。
主体性、それも国家としての主体性を欠いた議論ほど国の将来を危うくするものはない。
外国人労働者受入れは、移民政策につながる 「国のありかた」 を変えかねない政策である以上「国のありかた」 という原点に立ち返ってこの政策は検討さるべきである。
幕末までの日本は、中国から朝鮮半島経由で中華文明が入ってきた。明治維新以降は、西欧文明が容赦なく入ってきた。入ってきたがそれを丸呑みすることはなく取捨選択あるいは拒絶し、独自のものに作り上げた。
作り変えたものの中には、例えば律令制がある。法家の思想による中国の律令は中国皇帝の冊封を受けなければ許されなかった。日本は冊封を受けておらず独自に律令体系を作った。
拒絶したものには、中国の、宦官、纏足、科挙、食人の習慣がある。
キリスト教は仏教ほど布教に成功していない。厳格な一神教が日本の『古層』に馴染めなかったのだろう。が、キリスト教的禁欲主義から生まれた資本主義の精神は受け入れた。
マックス・ウエーバーは、労働は救済であり資本主義精神の真髄は目的合理性であると言っている。
主神自ら繭を育てて働くような日本の土壌にあっていたからであろう。
菅原道真は和魂漢才、佐久間像山は和魂洋才といったがいずれも日本流の外国文化の受け入れ方である。
日本思想史を深く研究した丸山真男教授は、わが国のかたちを次のように論じている。
「ここでは、記紀神話の冒頭の叙述から抽出した発想様式を、かりに歴史意識の『古層』と呼び、そのいくつかのーこれまた平凡なー基底範疇をひろってゆくが、それは歴史にかんする、われわれの祖先の文字通り『最古』の考えを指すわけではむろんない。 そうした『最古』なるものはどの分野でもそもそも検出不能であるが、とりわけ『書かれた歴史』を素材にするこの稿では、一層無意味である。
それどころか、ここでの『論証』は一種の循環論法になることを承知で論がすすめられていることを、あらかじめ断っておきたい。 というのは、右にいう『古層』は、直接には開闢神話の叙述あるいはその用字法の発想から汲みとられているが、同時に、その後長く日本の歴史叙述なり、歴史的出来事へのアプローチの仕方なりの基底に、ひそかに、もしくは声高にひびきつづけてきた、執拗な持続低音(basso ostinato)を聴きわけ、そこから逆に上流へ、つまり古代へとその軌跡を辿ることによって導き出されたものだからである。
こういう仕方が有効かどうかは大方の批判に俟つほかないが、少なくともそれを可能にさせる基礎には、われわれの 『くに』 が領域・民族・言語・水稲生産様式およびそれと結びついた聚落と祭儀の形態などの点で、世界の『文明国』のなかで比較すればまったく例外的といえるほどの等質性を、遅くも後期古墳時代から千数百年にわたって引き続き保持して来た、というあの重たい歴史的現実が横たわっている。」
(丸山真男著ちくま学芸文庫『忠誠と反逆』の 歴史意識の『古層』から)
難解な文であるが、日本という 『くに』 の本質を的確についていると思う。日本文明は、少なくとも千数百年その基礎の部分では変わっていない。独自文明という意味では、アメリカの政治学者ハンチントンもその著作「文明の衝突」で日本文明を世界七大文明の一つに採り上げている。
日本は様々なものを受け入れてきた。あるものはそのまま取り入れ。あるものは修正して取り入れ。あるものは拒絶した。
その判断の基準は、日本の『古層』にあるという。丸山教授は、この『古層』に働きかける変化について次のように言う。
「漢意(からごころ)・仏意(ほとけごころ)・洋意(えびすごころ)に由来する永遠像に触発されるとき、それとの摩擦やきしみを通じて、こうした『古層』は、歴史的因果の認識や変動の力学を発育させる格好の土壌となった。(中略)
もしかすると、われわれの歴史意識を特徴づける『変化の持続』は、その側面においても、現代日本を世界の最先進国に位置づける要因になっているかもしれない。」(前掲書)
日本は千数百年来等質性を保持して来た。
これこそ稀有な一国一文明の根幹である。中華文明と西洋文明が時を隔て怒涛のごとく押し寄せてきたが、それらは丸山教授がいう日本人の『古層』の意識にを刺激をあたえたが取って代わられるようなことはついになかった。
移民から成り立ち世界の覇権国になったアメリカ、移民政策が曲がり角にきているEU諸国、中でもドイツのメルケル首相は移民政策は失敗であったと公言している。
この両者の事例から我々が学ぶことがあるとすれが、論をまたず後者であろう。
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