2014年7月21日月曜日

移民政策 4

 次に移民政策反対論について
 経済評論家の三橋貴明氏は、移民政策反対の急先鋒である。メディアに頻繁に登場し自説を展開している。
 彼は移民に繋がる外国人労働者受入れ反対の理由を次のように言っている。

 「外国人労働者を大々的に国内に導入すると、当たり前だが『日本国民』 に技術やノウハウ等が蓄積されることはない。
 さらに、労働市場の競争がまたもや激化することになり、国民の所得は増えない(むしろ減るだろう)。
 人件費を削減し、利益を増やせる経営者や株主は嬉しいかもしれないが、日本の『国民経済』にとっては最悪だ。」(三橋貴明著講談社『あなたの所得を倍増させる経済学』)

 外国人労働者が増えれば、労働者全体の実質賃金が下がり、国際競争力・価格競争力が高くなる。
 が、そのことによって利益を得るのは一部の経営者と株主だけであり、その他国民は所得減になりいいことはない。
 さらに、外国人労働者が増えれば別の問題も発生するという。

 「世界屈指の自然災害大国日本において、土木・建設の供給能力を『外国人』に頼ろうという発想が理解できない。
 わが国の土木や建設の需要を『日本国民』では賄えないとなると、いざ非常事態が発生した際に『誰も被災者を助けることができない』事態に至りかねない。
 『外国人』に自国の安全保障を委ねる国など、中長期的に存続できるはずがない。
 日本のような自然災害大国にとって、土木・建設の供給能力の維持は、完全に『安全保障』の問題なのである。」(前掲書)

 技術の伝承といえば、20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮がある。
 「唯一神明造」という1300年の歴史を有する日本最古の建築様式は、これによって維持されてきた。
 もし仮に外国人労働者が土木・建設作業の大半を担ったら日本人労働者はこの分野から駆逐されこの分野の技術の伝承も途絶える。
 ドイツの事例が参考になる。ドイツでは約2割を占める外国人労働者が担った業種はドイツ人がやらなくなり結果的に駆逐されてしまった。

 「日本に帰ると、元気そうなお年寄りが、スーパーの駐車場の前で車の誘導をしている姿をよく見る。
 リタイア後のアルバイトだろうが、ドイツなら絶対にドイツ人のしない仕事だ。
 こういった仕事を日本人がしているという事実が、どんなに素晴らしいことかを、日本人はもっと自覚すべきだ。
 そのうえ日本の労働現場は、幸いなことに、合理化だけに縛られていない。
 ホームに立って乗客の安全を確認する駅員とか、駐車場へ出入りする車の交通整理をする係員とか、工事現場の横で歩行者が安全に通れるよう誘導する人など、ドイツ人が聞いたらびっくりするような仕事も多い。
 ドイツなら、こういう職は経費のせいで絶対に消えているはずだ。(中略)
 移民や外国人労働力の導入は国の活力にもなるが、それは双方に長期的な利益があってのことだ。
 単に賃金が安いからという近視眼的な理由で、安易に外国人を入れ続けると、いずれ労働市場は破綻する。
 また、外国人労働者側の不平等感が募り、社会不安をも招く可能性は高い。
 ドイツは反面教師になるはずである。」
(川口マーン恵美著講談社+α新書『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』)

 現政府が外国人労働者受入れに積極的なスタンスと採っている中、内閣府参与 藤井聡 京都大学大学院教授はこれに慎重であるべきと言っている。
 藤井教授の外国人労働問題の考えは


(A)日本国民が必要とするもの(内需)は、日本国民で賄う(供給する)のが基本。
(B)それが「どうしても無理」ならば、外国の力(供給力)を「お借り」する。

 が基本前提であり、これに異を唱える人は少ない。
 外国人労働者に頼るにしても、国内の労働力が十分に活用されていることが前提となるが、現状はこの前提は充たされているとは言い難いと言う。

 この前提を軽視或いは無視して安易に外国人労働者に頼るのが昨今のグローバル企業である。
 グローバル企業が主役を演ずるのがグローバル資本主義である。
 ここで改めてグローバル資本主義について考えてみたい。
グローバル資本主義は、国境を前提としない。
 グローバリゼーションの実験場とも言えるEUでは、様々な矛盾が噴出し「反EU・反グローバリゼーション」の極右政党が台頭している。
 グローバル企業は安価な外国人労働者受入れでコストを削減し価格競争力が高くなり利益を得ることができる。
 だが大多数の国民にとって、安価な外国人労働力の受入れは得るものよりも失うものが大きい。
 グローバリズムについて藤井教授は次のように指摘する。

 「グローバル資本主義のもとでは、世界各国がいろいろなリンクでつながるので、ある国で作ったものが別の国にすぐ輸出でき、情報もすぐに共有できる。
 これは要するに、危機が発生すれば、それもたやすく他の国に輸出されるということです。
 逆にいえば、危機が外国で起こると簡単に輸入されてしまう。
 したがって、リーマンショックが起こったとき、世界中が共倒れになったわけです。
 さらに、グローバルな資本主義化、自由主義化の帰結を、地域的な領域ではなく分野的な領域で考えてみましょう。
 自由化をとことん進めると、『カネがものを言う世界』がグローバルワイドに広がります。お金で片を付ける風潮が蔓延し、お金に換算できないものは見捨てられていく。
 たとえばセキュリティは、お金ではなかなか十分に取引できない。
 極端な例で言えば、『戦争』はマーケットでは扱えない。
 資本主義がどんどん膨らんでいくと、安全保障はだんだん無視されていく。
 また、マーケットは短期的な情報は織り込みますが、長期的な合理性については軽視され、最終的に無視される。
 長期的な合理性が低下すると、社会そのものが脆弱化します。わずかな危機、たとえば一つの企業の倒産で、社会が大きなダメージを受けてしまうのです。
 そして、お金で何もかも片を付けようとする社会では、民主主義の力が弱まります。
 国家の価値、家庭の価値が溶けていき、文化や伝統、美徳や倫理が蒸発していくのです。
 結果として文明の低俗化が進んでいくのは物の道理です。
 このように、グローバル資本主義が世界中で進めば進むほど、経済は不安定化し、格差は拡大し、貧困は固定化し、危機はグローバル化し、民主主義が脅かされ、そして金銭以外のさまざまな価値があらかた洗い流されていく。」(文春新書『グローバリズムが世界を滅ぼす』から)

 グローバリズムは、ヒト、カネ、モノの自由な移動をいう。ヒトだけが例外などあり得ない
 生命力の強い外来種の動物や植物が在来種を駆逐するように、外国人労働者は、日本人労働者を駆逐する。安価な労働力を求めるのは企業にとって自然な行動である。
 短期的な成果を求めて労働市場の自由化の名のもとに非正規労働者が増え社会が不安定化しついには民主主義まで脅かすに至る。

 このような事態に至ることが見越せれば藤井教授の考えは浸透するだろうが 「時すでに遅し」 になりかねない。

 なお、人口問題では 「人口減少は悪」 と、当然のように論じられるが、これに異を唱える見方もあり、この視点からの考察も欠かせない。

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