2013年12月23日月曜日

アベノミクス検証 1

 ”死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし。”

 吉田松陰は、高杉晋作の ”男子たるもの死すべきところはどこなのか” の問いにこう応えた。
 安倍晋三首相が、同郷の先達のこの教えを意識しているか否か知る由もないが、ジムに通い、座禅を組み、懸命にアベノミクスに邁進している姿は松陰の教えに重なる。
 アベノミクスは政策遂行途上で評価も時期尚早かもしれないが、今年も残りわずか、あえてこれを検証してみたい。

 まず、肯定論者から。
アメリカのプリンストン大学のポール・クルーグマン教授、コロンビア大学のジョセフ・E・スティグリッツ教授およびエール大学のロバート・シラー教授以上3人のノーベル経済学受賞者がそろって、ニュアンスは微妙に異なるが概ね肯定的に評価していることが挙げられる。

 クルーグマン教授は、小泉政権発足時から、日本は流動性の罠に陥り、デフレが進むと警告していた。
 アベノミクスは、20年も続いたデフレの罠から脱却するための必要な政策であると、アベノミクスのスタートの時点からこれを高く評価した。
 そして5月24日のニューヨーク・タイムズのコラムで23日東京の株式市場が暴落したものの、長期金利と株価が同時に上昇してきたことは楽観論の表れだと分析。日本の財政問題への懸念を反映したものではないとの見方も示しその主張を変えていない。 ただ、消費税増税は時期尚早でデフレ脱却後にすべきであって、この増税決定には落胆したとのべている。

 スティグリッツ教授は、第一の矢である大胆な金融政策と第二の矢の機動的な財政政策に対しては全面的に支持し、第三の矢の民間投資を喚起する成長戦略については懐疑的であり、特に規制緩和と雇用の流動化には警戒心を抱いている。
 同教授は、2013年10月30日の『日立イノベーションフォーラム2013』で注目すべき発言をしている。

 「多くの場合、規制は経済を押さえ込むと言われているが、米国では十分な規制がなかったために、多くの富が失われた。 
 赤信号を守る必要があるように、どんな社会や経済においても、規制の重要性を理解しなければならない。一連のルールであり、それによってお互いがどのように協調し合うかを示してくれる。1人の人間の失敗が、別の多くの人々に打撃を与えないようにしなければならない。
 しかし、米国には十分な規制はなかった。その結果、米国は間違った資源の配分が行われ、不平等が生まれた。不平等が当たり前な状況は、企業が利益を独占あるいは寡占化するために行うロビー活動、いわゆるレントシーキングを誘発する。実際に多くの企業がリッチになり、独禁法に反対するような動きをしている。」



 規制改革は成長戦略の一丁目一番地、米国に倣って規制緩和を!と声高に叫ぶわが国の産業競争力会議のメンバーは、この発言をどう受け止めるのだろうか。 なお消費税についてはこれを悪税と決めつけ、むしろ投資を促す環境税にすべきであるとし、消費税増税には、クルーグマン教授と同様否定的である。

シラー教授は、

 「最も劇的だったのは、明確な形で拡張的な財政政策を打ち出し、かつ、増税にも着手すると表明したことだ。
日本政府は対GDP(国内総生産)比で世界最大の債務を負っているので財政支出を批判する人が多いが、ケインズ政策によって最悪の事態が避けられてきた面もあるのではないか。
 一方で、安倍晋三首相は消費増税も行うと明言しており、財政均衡を目指した刺激策といえる。私は、このような債務に優しい刺激策を欧米も採用すべきだ、と主張している。
 現在、米国では拡張的な財政政策を提案しても政治的に阻止され、困難な状況にある。増税という言葉は忌み嫌われている。
 世界中で財政緊縮策が広がる中で、日本の積極策がどういう結果になるか注目している。」(東洋経済オンライン2013年10月17日)

 と期待をこめて財政積極策を評価するとともに、3者の中でただ一人消費税増税を評価している。
 これほど長い期間、日本の株価や地価が下がり続けたことのほうがむしろ驚きで、何もしなくても起業家精神が自律的回復の時期にきているとの、同教授の認識に基づいた消費税増税評価であるのかもしれない。

 このように、権威ある学者がそろってアベノミクスを肯定的に見ているのを知ると、景気回復はすぐそこにでもくるような錯覚に陥りがちである。
 が、アベノミクスを評価するシラー教授自身が言うように


 「期待は、経済のダイナミクスへの影響という点で非常に重要だ。ただ、日本で期待を変えるには長い年月が必要だ。
 期待は実現しないとその効果が持続しない。ある程度短期間で期待の一部が現実のものになれば、効果が出てくるのではないか。
 かつて1929年の大恐慌時にハーバート・フーヴァー大統領は景気回復はそこまで来ていると言い続けたが、彼の任期中には回復せず、後に楽観主義に取りつかれていたという評価になり、さらに失望感が広がった。結局、10年経っても恐慌は続き、残念ながらこれを脱したのは戦争によってだった。」(前掲)

 当然ながら、肯定的見解のみならず否定的見解にも耳を傾けなければ片手落ちになり、判断を誤る。
 まして、景気回復を目指そうと言う緒についたばかりの病み上がりの日本経済に消費税増税が決定されたのだ。無条件の楽観論が通用する筈もない。


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