トランプ氏とはどんな人か。彼の選挙中の暴言に大統領としての資質を懸念した人も当選後の言動を見ていくぶん安堵したという声も聞かれる。
トランプ氏とはいったいどんな人なのだろう。彼を知るうえで格好のものがある。
トランプ氏が1987年に上梓したTHE ART OF THE DEAL(邦訳 トランプ自伝)である。
29年前のこの本でトランプ氏は自分の生い立ち、家族、ビジネスのやり方などを述べるとともに自分の信念、信条をアメリカ人らしい率直さで語っている。
注目すべきものとしていくつか挙げてみよう。
① ビジネスにあたっての基本的な姿勢として彼は理論や理屈などより自分自身のカンを優先させカンに頼って判断するという。
「複雑な計算をするアナリストはあまり雇わない。最新技術によるマーケット・リサーチも信用しない。私は自分で調査し、自分で結論を出す。
何かを決める前には、必ずいろいろな人の意見をきくことにしている。
私にとってこれはいわば反射的な反応のようなものだ。土地を買おうと思う時には、その近くに住んでいる人びとに学校、治安、商店のことなどをきく。
知らない町へ行ってタクシーに乗ると、必ず運転手に町のことを尋ねる。根ほり葉ほりきいているうちに、何かがつかめてくる。
その時に決断を下すのだ。」
(ドナルド・トランプ&トニー・シュウォーツ著相原真理子訳ちくま文庫『トランプ自伝』)
これがトランプ氏の基本的なビジネススタイルだ。このためトランプ氏はコンサルタントや評論家などに本気でとりあわなかったという。
コンサルティング会社は料金も高く、調査にひどく時間がかかるので、有利な取引を逃してしまう。
大衆が何を望んでいるかがわかる評論家はほとんどいない。もし彼らが不動産開発を手がけたら、惨憺たる結果になるだろう、と切り捨てている。
② 不動産の取引では書面に記載されない限り何も信用できないのが常識となっているとトランプ氏は言う。
彼はこれを逆手にとって最初にはじめたシンシナティ・キッドの不動産取引で取引相手のプルーデントをうまく騙して取引を成立させた。それは違法ではないが信義に悖るものであった。
驚くことにトランプ氏はこの取引を自著で誇らしげに語っている。
③ トランプ氏は選挙中の発言から女性蔑視の差別主義者と非難されたが、それは事実でなく誤解にすぎないようだ。
有名となったトランプ・タワー建設に女性の現場監督を起用するなど積極的に女性を登用している。
「私の代理として工事をとりしきる現場監督には、バーバラ・レスを起用した。ニューヨークで超高層ビルの建設をまかされた女性は、彼女が初めてだった。
当時三十三歳で、HRHに勤めていた。私が初めてレスと会ったのは、彼女がコモドアの事業で機械関係の工事の監督をつとめていた時だ。
現場で作業員と話し合っているレスを見たことがある。彼女がどんな相手にも屈せず、堂々とわたりあっていた。
私が気に入ったのはその点だ。体の大きさはそうした屈強な男たちの半分しかなかったが、必要とあればためらうことなく彼らを叱り付けたし、仕事の進め方も心得ていた。
おかしなことに、私自身の母は生涯平凡な主婦だったにもかかわらず、私は多くの重要な仕事に女性を起用してきた。
それらの女性は、私のスタッフの中でも特に有能な人たちだ。実際、その働きぶりはまわりの男性をはるかにしのぐことも多い」(前掲書)
仕事で積極的に女性を活用しているトランプ氏に対し女性差別主義者という非難はあたらない。
④ 1982年のトランプ・タワー完成時は日本の好景気と重なりトランプ・タワーの日本人の買手についての記述がある。
「日本人が自国の経済をあれだけ成長させたことは尊敬に値するが、個人的には、彼らは非常に商売のやりにくい相手だ。
まず第一に、六人や八人、多い時は十二人ものグループでやってくる。
話をまとめるためには全員を説得しなければならない。二、三人ならともかく、十二人全員を納得させるのは至難のわざだ。
その上、日本人はめったに笑顔を見せないし、まじめ一点張りなので取引をしていても楽しくない。
幸い、金はたくさん持っているし、不動産にも興味があるようだ。 ただ残念なのは、日本が何十年もの間、主として利己的な貿易政策でアメリカを圧迫することによって、富を蓄えてきた点だ。
アメリカの政治指導者は日本のこのやり方を十分に理解することも、それにうまく対処することもできずにいる。」(前掲書)
この記述は今後日本がトランプ政権と折衝するに当たって決して見過ごすことができない重大なことである。
⑤ 自伝は最後にこう締めくくっている。
「社会に出てから二十年間、私は、とうていできないと人が言うようなものを建設し、蓄積し、達成してきた。
これからの二十年間の最大の課題は、これまで手に入れたものの一部を社会に還元する、独創的な方法を考えることだ。
金もその中に含まれるが、それだけではない。金を持つ者が気前よくするのはたやすいし、金がある者はそうすべきだ。
しかし私が尊敬するのは、直接自分で何かをしようとする人たちだ。人がなぜ与えようとするのかについてはあまり関心がない。 その動機にはたいてい裏があり、純粋な愛他精神によることはほとんどないからだ。
私にとって重要なのは、何をするかである。金を与えるよりも時間を与えるほうが、はるかに尊いと思う。
これまでの人生で、私は得意なことが二つあることがわかった。 困難を克服することと、優秀な人材が最高の仕事をするよう動機づけることだ。
これまではこの特技を自分のために使ってきた。これを人のためにいかにうまく使うかが、今後の課題である。
といっても、誤解しないでほしい。取引はもちろんこれからもするつもりだ。それも大きな取引を着々とまとめていくだろう。」(前掲書)
自伝のため誇張や糊塗はあるにせよこの本でトランプ氏のおおよその基本的な考え方と行動パターンが分かる。
最後にこのようなトランプ氏が大統領就任後どう行動するかについて考えをめぐらしてみよう。