2016年11月28日月曜日

トランプ次期米大統領誕生 3

 次に、グローバル化の結果アメリカの雇用が失われ産業が疲弊したと声高に主張して次期米大統領の座を射止めたドナルド・トランプ氏、彼がこの先米国をどう導びきまた国際社会との関係をどうするのだろうか。
 トランプ氏とはどんな人か。彼の選挙中の暴言に大統領としての資質を懸念した人も当選後の言動を見ていくぶん安堵したという声も聞かれる。
 トランプ氏とはいったいどんな人なのだろう。彼を知るうえで格好のものがある。
 トランプ氏が1987年に上梓したTHE ART OF THE DEAL(邦訳 トランプ自伝)である。
 29年前のこの本でトランプ氏は自分の生い立ち、家族、ビジネスのやり方などを述べるとともに自分の信念、信条をアメリカ人らしい率直さで語っている。
 注目すべきものとしていくつか挙げてみよう。

 ① ビジネスにあたっての基本的な姿勢として彼は理論や理屈などより自分自身のカンを優先させカンに頼って判断するという。

 「複雑な計算をするアナリストはあまり雇わない。最新技術によるマーケット・リサーチも信用しない。私は自分で調査し、自分で結論を出す。
 何かを決める前には、必ずいろいろな人の意見をきくことにしている。
 私にとってこれはいわば反射的な反応のようなものだ。土地を買おうと思う時には、その近くに住んでいる人びとに学校、治安、商店のことなどをきく。
 知らない町へ行ってタクシーに乗ると、必ず運転手に町のことを尋ねる。根ほり葉ほりきいているうちに、何かがつかめてくる。
 その時に決断を下すのだ。」
(ドナルド・トランプ&トニー・シュウォーツ著相原真理子訳ちくま文庫『トランプ自伝』)

 これがトランプ氏の基本的なビジネススタイルだ。このためトランプ氏はコンサルタントや評論家などに本気でとりあわなかったという。
 コンサルティング会社は料金も高く、調査にひどく時間がかかるので、有利な取引を逃してしまう。
 大衆が何を望んでいるかがわかる評論家はほとんどいない。もし彼らが不動産開発を手がけたら、惨憺たる結果になるだろう、と切り捨てている。
 ② 不動産の取引では書面に記載されない限り何も信用できないのが常識となっているとトランプ氏は言う。
 彼はこれを逆手にとって最初にはじめたシンシナティ・キッドの不動産取引で取引相手のプルーデントをうまく騙して取引を成立させた。それは違法ではないが信義に悖るものであった。
 驚くことにトランプ氏はこの取引を自著で誇らしげに語っている。
 ③ トランプ氏は選挙中の発言から女性蔑視の差別主義者と非難されたが、それは事実でなく誤解にすぎないようだ。
 有名となったトランプ・タワー建設に女性の現場監督を起用するなど積極的に女性を登用している。

 「私の代理として工事をとりしきる現場監督には、バーバラ・レスを起用した。ニューヨークで超高層ビルの建設をまかされた女性は、彼女が初めてだった。
 当時三十三歳で、HRHに勤めていた。私が初めてレスと会ったのは、彼女がコモドアの事業で機械関係の工事の監督をつとめていた時だ。
 現場で作業員と話し合っているレスを見たことがある。彼女がどんな相手にも屈せず、堂々とわたりあっていた。
 私が気に入ったのはその点だ。体の大きさはそうした屈強な男たちの半分しかなかったが、必要とあればためらうことなく彼らを叱り付けたし、仕事の進め方も心得ていた。
 おかしなことに、私自身の母は生涯平凡な主婦だったにもかかわらず、私は多くの重要な仕事に女性を起用してきた。
 それらの女性は、私のスタッフの中でも特に有能な人たちだ。実際、その働きぶりはまわりの男性をはるかにしのぐことも多い」(前掲書)

 仕事で積極的に女性を活用しているトランプ氏に対し女性差別主義者という非難はあたらない。

 ④ 1982年のトランプ・タワー完成時は日本の好景気と重なりトランプ・タワーの日本人の買手についての記述がある。

 「日本人が自国の経済をあれだけ成長させたことは尊敬に値するが、個人的には、彼らは非常に商売のやりにくい相手だ。
 まず第一に、六人や八人、多い時は十二人ものグループでやってくる。
 話をまとめるためには全員を説得しなければならない。二、三人ならともかく、十二人全員を納得させるのは至難のわざだ。
 その上、日本人はめったに笑顔を見せないし、まじめ一点張りなので取引をしていても楽しくない。
 幸い、金はたくさん持っているし、不動産にも興味があるようだ。 ただ残念なのは、日本が何十年もの間、主として利己的な貿易政策でアメリカを圧迫することによって、富を蓄えてきた点だ。
 アメリカの政治指導者は日本のこのやり方を十分に理解することも、それにうまく対処することもできずにいる。」(前掲書)

 この記述は今後日本がトランプ政権と折衝するに当たって決して見過ごすことができない重大なことである。

 ⑤ 自伝は最後にこう締めくくっている。

 「社会に出てから二十年間、私は、とうていできないと人が言うようなものを建設し、蓄積し、達成してきた。
 これからの二十年間の最大の課題は、これまで手に入れたものの一部を社会に還元する、独創的な方法を考えることだ。
 金もその中に含まれるが、それだけではない。金を持つ者が気前よくするのはたやすいし、金がある者はそうすべきだ。
 しかし私が尊敬するのは、直接自分で何かをしようとする人たちだ。人がなぜ与えようとするのかについてはあまり関心がない。  その動機にはたいてい裏があり、純粋な愛他精神によることはほとんどないからだ。
 私にとって重要なのは、何をするかである。金を与えるよりも時間を与えるほうが、はるかに尊いと思う。
 これまでの人生で、私は得意なことが二つあることがわかった。 困難を克服することと、優秀な人材が最高の仕事をするよう動機づけることだ。
 これまではこの特技を自分のために使ってきた。これを人のためにいかにうまく使うかが、今後の課題である。
 といっても、誤解しないでほしい。取引はもちろんこれからもするつもりだ。それも大きな取引を着々とまとめていくだろう。」(前掲書)

 自伝のため誇張や糊塗はあるにせよこの本でトランプ氏のおおよその基本的な考え方と行動パターンが分かる。
 最後にこのようなトランプ氏が大統領就任後どう行動するかについて考えをめぐらしてみよう。

2016年11月21日月曜日

トランプ次期米大統領誕生 2

 その資質に欠けるのではないかと政敵から厳しく指摘されたトランプ氏がまさかの次期米大統領の選挙に当選した。
 米国民のみならず世界中が驚きそして懸念した。この先世界はどうなるのか、と。
 ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマンは選挙の結果をうけてニューヨーク・タイムズ紙にこう寄稿した。

 「世界は地獄へ向かっているが自分にできることは何一つない、ならば自分の庭の手入れだけしていればいい、と。
 私は『その日』以降の大半はニュースを避け、個人的なことに時間を費やし、基本的に頭の中をからっぽにして過ごした。(中略)
 おそらく、米国は特別な国ではなく、一時代は築いたものの、いまや強権者に支配される堕落した国へと転がり落ちている途上にあるのかもしれない。」(NYタイムズ、11月11日付 抄訳から)

 トランプ大統領になって米国はどうなるのか、国際社会はどうなるのか。時代の流れとトランプ氏個人の問題を区別して考えてみよう。

 まず、時代の流れから。
 アメリカを覇権国の地位にのぼらせた要因の一つにグローバリズムがある。
 国際企業家がアメリカを経済的・軍事的に強力な国に仕立てあげたのだ。
 そして今やアメリカの覇権国としての地位を脅かしているのもグローバリズムである。
 グローバリズムの負の遺産である格差拡大がアメリカ社会を蝕み始めている。
 このことは4年に一度米国国家情報会議が大統領選挙にあわせて提出する報告書に経済的不安要素の一つに挙げられている。2012年12月の報告書には次の3つを挙げて
いる。
   1 非効率で高額な医療保険
   2 中等教育の水準低下
   3 所得格差


 上記の3はグローバリズムがもたらした負の遺産である。
グローバリズムの負の遺産とは何か。富の一極集中と製造業の疲弊である。製造業の疲弊は主にグローバルな自由貿易に起因している。

 2国間の貿易は、双方が比較優位を持つ財に特化し、他の財の生産を貿易相手国にまかせるという国際的分業をおこなう。この分業により貿易当事国は貿易を行わなかった場合よりも利益を得ることができる。

 これがデヴィッド・リカードの比較生産費説(比較優位)である。
 だが、リカードの学説は特定の諸条件のもとにおいてのみ成立し、その条件が成立しなければ正しくないことが明らかになった。

 「その特定の条件とは何か。それにはいくつかのものがあるが、とくに重要なものを挙げると、

 (1) 静学的であること。つまり、ダイナミックな経済変動を考慮に入れると、比較生産費説は成立するとはかぎらない。

 (2) 収穫逓増ではないこと。つまり、大規模生産の利点(多く作れば作るほど生産性が向上すること)がある場合には、比較生産費説は成立するとはかぎらない。

 (3) 外部経済、外部不経済が存在しないこと。つまり、公害や産業の地域開発効果、あるいはデモンストレーション効果(後進国の国民が先進国の国民のまねをすること)などが意味を有する場合には、比較生産費説は成立するとはかぎらない。

 この三点である。このような理論経済学の進歩によって、比較生産費説のジレンマは、じつはジレンマでも何でもなく、特定の諸条件のもとにおいてのみ成立する比較生産費説を、あたかも無条件で成立するかのごとく錯覚したものであるのにすぎないことが明らかになった。
 このことから得られる結論は明白であり、かつ重大である。
 すなわち、自由貿易は、いついかなる場合でも最良の経済システムとはかぎらない。
 ある国が、自由貿易をおこなうことによって、かならず、よりよくなるともかぎらない。」
(小室直樹著光文社『アメリカの逆襲』)

 アメリカの前の覇権国である英国も帝国主義全盛のころその国力を武器に他国に対し自由貿易を推し進め自らの地位の安定をはかった。
 現在のアメリカはグローバル化が極度にすすみ富が一部国際企業家に集中して格差が拡大し、製造業が疲弊した。
 自由貿易は善だ、グローバル化は善だとばかりに突き進んだ結果がこれだ。
 リカードの比較生産費説の成立条件などそんなめんどくさいことなどてんで考えないで突き進んだ結果がこれだ。
 此度の大統領選挙でもこれらが争点となった。そして内向きアメリカファーストを掲げたトランプ候補が勝利した。
 この内向き不干渉主義はアメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンが宣言したものである。いわばアメリカ誕生時の国是への先祖返りである。
 この意味において驚きでも何でもないが覇権国から脱落する速度を早める結果になることは間違いないだろう。他国へ干渉しない覇権国などありえないからである。潮目がはっきりと変わった。

2016年11月14日月曜日

トランプ次期米大統領誕生 1

 日本人はよく本音と建前を使い分けるといわれる。たとえばかって日本社会には ”ノミ(飲み)ニュケーション” ということばが流行った。
 その意図するところは、かしこまった会議では建前だけが横行しなかなか議論がまとまらないが酒席では本音が飛び出し実のあるコミュニケーションがとれることにあった
 千年以上もの都の歴史ある京都はさすがに人の応対も洗練されているようだ。ある席で京都の人に聞いたことがある。
 京都では人を傷つけまいとする配慮から建前が先行し本音を飲み込みがちである。このため京都の人の言うことは真にうけず真意を測らなければならない。真意を測らず真にうけると田舎者とさげすまれてしまうという。
 人を傷つけまいとする配慮は多とするもさげすまされた側にしてみれば素直に受け取ったのに何だと思うだろう。

 本音と建前は、”Honne and tatemae” とあたりまえのように英語風に表記されるので日本特有のものと思いがちだがどうやらそうでもなさそうだ。  
 今回の米大統領選挙ではほぼすべての人、大げさにいえば全世界中のひとが、米国の有権者のことばを真にうけて真意を測るのを怠った。
 アメリカの選挙予想のプロたちもことごとく予想を外した。前2回の米大統領選挙で州ごとの結果を99%の確率で的中させたFive Thirty Eightのネイト・シルバーも直前まで7対3の割合でクリントンの圧勝と予想していた。
 彼は全米の世論調査を含むビッグデータを駆使し、スポーツおよび選挙予測で目覚しい成果をあげたにもかかわらず、ことトランプ氏に関しては共和党予備選の段階から予想を外した。
 私も5ヶ月前だけでなく直前までクリントンの勝利を疑わなかった。
 なぜこのような結果になったのだろう。大半の要因は世論調査が正確でなくその原因は、トランプ支持の有権者が世論調査に応じないかまたは応じたとしても本音をかくし建前で応じたからとあろうと言われている。
 世論調査の選挙予測がことごとく外れた事実からこのように推論されても一概に否定できない。
 アメリカの有権者がこれほどまでに本音と建前を使い分けたとすれば、従来の米大統領選挙にはなかったことで、どちらかといえば ”率直なアメリカ人” という印象を改めなければならない契機となるかもしれない。

 今回の選挙で、新聞、テレビなどマスコミを含むアメリカのエスタブリッシュメントはこぞって反トランプに与した。
 第2回候補テレビ討論会の直前に、ワシントン・ポストが2005年にバスの車内でトランプ氏のわいせつな内輪話の録音データをウェブサイトに掲載したことなどその典型である。
 トランプ氏が勝った要因はいくつかあるだろうが、そのなかの一つにフェイスブック、ツイッターなどのソーシャルメディアをフルに活用したことが挙げられる。
 トランプ氏は不満や怒っている有権者に直接ソーシャルメディアで働きかけフォロワーの数を増やし、既存のメディアの反トランプ キャンペーンに反撃した。
 トランプ氏に投票したといわれる白人低所得者の経済的苦境は深刻で、それは死亡率にあらわれているという。
 プリンストン大公共政策大学院の研究者は論文でそれを明らかにしている。

 1999年から2013年の間、米国の45~54歳の非ヒスパニック系白人の死亡率は薬物や飲酒による中毒、自殺の増加などの要因で上昇している。一方、同期間の英仏独の同じ人種・年齢層や米国の他の人種は例外なく死亡率は低下している。論文は、経済的不安定が死亡率上昇の原因になっている可能性もあるとの見方を示している。(2016/11/7 ニューヨーク時事)

 トランプ氏は全てのマスコミを敵にまわして有権者に直接ソーシャルメディアで発信した。有権者の本音に直接響くようなことばで発信したため、これが有権者を動かしたといわれている。
 経済的苦境にあえぐ人たちはマスコミの派手な宣伝などには目をそむけトランプ氏の呼びかけに反応したのだ。
 選挙結果をみるかぎりこれを否定する根拠はない。ここにネット社会における既存のマスコミの影響力の限界がみてとれる。

 巧みな戦術で選挙戦を勝ちぬいたトランプ次期大統領、フィナンシャル・タイムズ記者の口調をかりれば、この希有な ”ペテン師” は米国をどう導いていくのだろうか、また国際社会との関係をどうするのだろうか。

2016年11月7日月曜日

ピコ太郎現象

 シンガーソングライターのピコ太郎の歌 PEN-PINEAPPLE-APPLE-PENが動画You Tubeで9月下旬から突如異常なほど再生されている。
You Tubeのミュージック全世界トップ100の数字(下表)がそれを示している。
期間       ランク        再生回数(百万回)  9/23~9/29        2             54.8
9/30~10/9        1             134
10/7~10/13         1                120
10/14~10/20       1            77.4
10/21~10/27          2            56
 またアメリカの音楽チャートBillboard誌のTHE HOT 100 10/29に日本人として松田聖子以来26年ぶに77位にランクインした。ランクインした曲で史上最も短い曲であることが判明した。
 外国特派員協会が主催する会見ではいまのところ今年度誰よりも多くメディアの記者が取材した。海外大手メディアのTIME BBC CNNなどもその会見模様を報じた。
 その人気の原因としていくつか挙げられている。シンプルでコミカル、バカバカしい(ridiculous)、時間が短い(45秒)、Twitterのフォロワー数が8800万人を誇るカナダのミュージシャン ジャスティン・ビーバーが、自身のTwitterにて”お気に入りの動画だ”とツイートしたこと、などなど。
 これらが人気の原因であることに違いはないだろうが、どうも決め手に欠ける。他の多くの動画にも似たようなことが言えるからである。
 この動画を見たある社会学者はなんでこれほど人気になるのか自分には理解できないと言った。人気になるまでの過程を分析、検証してみたいとも言った。
 再生回数が示すようにこの現象は一時的なもので、この一例だけで意味のある社会学的分析は困難である。
 この動画を見て、そこに何らかの意味を見出そうとか、理解しようとかしてもムダだとすぐ分かる。
 作者も言っているようにこの歌が何かを意図しているものではない。強いていえばこの歌が人びとに考えることを放棄させるような作用がありそれが人気の秘密となっているのかもしれないが、それも一つの推測にすぎない。
 ただこの歌が一時的にせよ爆発的な動画再生回数を記録したのは世相の一面を強く反映しているとだけは言える。その世相が何であるかはっきりと分からないが。