ドイツはEUの中で一人勝ちしている。ドイツがEUで支配的な地位を獲得した理由についてエマニュエル・トッドはこう述べている。
「ドイツはグローバリゼーションに対して特殊なやり方で適応しました。
部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパへ移転して、非常に安い労働力を利用したのです。
国内では競争的なディスインフレ政策を採り、給与総額を抑制しました。ドイツの平均給与はこの10年で4.2%低下したのですよ。
ドイツはこうして、中国 - この国は給与水準が20倍も低く、この国との関係におけるドイツの貿易赤字はフランスのそれと同程度で、2000万ユーロ前後です - に対してではなく、社会的文化的要因ゆえに賃金抑制策など考えられないユーロ圏の他の国々に対して、競争上有利な立場を獲得しました。」
(エマニュエル・トッド著堀茂樹訳文春新書『ドイツ帝国が世界を破滅させる』)
ドイツの政策で特徴的なのは緊縮財政と積極的な移民や難民の受け入れである。
前者はギリシャ危機の際、そのかたくなな姿勢がきわだち、後者は昨年1年間で110万人近い移民や難民を受け入れている。
ドイツの緊縮財政策について
ドイツがギリシャ危機のときギリシャにたいして要求した緊縮財政政策は有無を言わさぬものであり大国が小国を力でねじ伏せた印象が拭いきれない。
このようなドイツの強圧的な態度はEUのリーダとしての役割に疑問符がつく。
なぜドイツはそこまで緊縮財政にこだわるのだろうか。ドイツ国民は、2度の大戦の敗戦で国家財政の破綻を経験した。
ハイパーインフレと通貨改革で紙幣や国債が紙切れになり、多くの国民が財産を失った苦い経験をもつ。
この経験はドイツ国民のトラウマになったであろうことは容易に推察できる。
一方ドイツは東西ドイツ統合によって膨らんだ財政赤字を減らしてきたという自負がある。
かってメルケル首相はリーマン・ブラザーズ破綻の際、質素な生活に戻ることを主張し ”窮状の理由を知りたければシュヴァーベン地方の主婦に聞くがいい” と言った。(シュヴァーベン地方の主婦は質素倹約で知られている)
ドイツの政治家や学者になぜ緊縮財政策をとるのかと問えば最も多い答えは ”法律で決まっているから” である。
ドイツはリーマン・ショック後の09年、憲法にあたる基本法を改正し、債務ブレーキ条項を追加した。
自分で決めた規律は頑固に守る。基本法で決めた以上は、その条件でやっていくのがドイツ人気質だと言ってはばからない。
ドイツは自らに債務ブレーキをかけるだけでなく、その政策をユーログループに押し付けている。
ギリシャなどを支援する見返りに同様の債務制限を求めた。
ドイツが音頭を取る形で、英国とチェコを除EU25カ国は財政規律を憲法などに明記する協定に合意した。
健全財政へのこだわりは筋金入りだ。
ドイツは、意図すると否かにかかわらず、EUをリードするのではなくむしろ支配しようとしているように見える。
共通通貨をまとめるにはメンバーが同化することが大事だがドイツだけが同調していないと断じている。
同じくノーベル経済学受賞ポール・クルーグマンは、国家と個人の経済政策を同一視するドイツの緊縮財政策を揶揄してこういっている。
「本当にユーロがダメになったら、その墓碑にはこう記されるべきだ。『国の負債を個人の負債になぞらえるというひどいたとえによって死去』 と。」
ドイツの移民・難民受け入れ
ドイツの移民・難民受け入れには両面がある。ドイツには第二次世界大戦で600万人ともいわれるユダヤ人虐殺の苦い過去がある。
この経験によりドイツの国民感情が移民・難民に対し人道的な配慮に傾くのは極く自然のなりゆきであろう。
方や移民・難民が安い労働力として利用されドイツ経済に貢献してきたこともまた事実である。
ところが最近になって移民・難民の負の側面がクローズアップされ事態は急速に変化しつつある。
負の側面の一つは移民・難民によってドイツ国民の職が奪われたり賃金が低下したりすることであり、もう一つは治安の悪化、特に移民・難民にまぎれこんだイスラム教過激派のテロの脅威である。
この移民・難民の負の側面は今やEU共通の問題となっている。
EUの盟主ドイツが直面している問題はそのままEUの問題でもある。