2016年1月25日月曜日

英語公用語化論 1

 企業の英語重視の流れが進んでいる。ユニクロのファーストリテイリングと楽天は2012年から先陣を切って社内の公用語を英語にしている。
 この2社が社内の公用語を英語にすると発表した後、ホンダもそうすべきではないのかと問われた当時のホンダの社長は ” 日本人が集まる日本で英語を使うなんて、そんなバカな話はない ” と一笑に付した。
 だがその後社長が交代したホンダは昨年6月、2020年を目標に社内の公用語を英語にすると発表した。
 このほか英語の公用語化を検討中もしくは公用語化しないまでも、TOEICの点数を昇給や昇格の条件にする等企業が英語を重視する政策の流れは加速している
 今や日本のサラリーマンは英語ができなければ昇進もおぼつかないご時勢となりつつある。
 企業の英語重視政策は企業内に止まらずこの勢いが続けばいずれ国民全体へ波及するであろう。

 この流れはなにか 『変だ』 と感じる人もいるだろうし、 『時流』 だから乗り遅れるべきではないという人もいよう。
 企業の英語重視姿勢の流れをみる限り前者より後者が多数を形成しつつあると推測されるが、ここでは原点にかえってこの問題を考えてみたい。

 まず英語公用語化に熱心でかつその想いを積極的に発信している楽天の三木谷社長兼会長の話に耳を傾けてみよう。
 産業競争力会議の民間議員でもある三木谷氏は同会議で他の議員から突出して英語に関連する発言が多い。

 以下は同会議議事録から三木谷議員の英語関連発言の抜粋である。

 「日本は、TOEFL で韓国に比べて 10 ポイント低く、アジアで下から2番目であり、英 語教育が重要。 (第1回 2013/1/23)

 日本の産業、企業、そして日本の国民のより一層の国際化、とりわけ英語教育がま すます重要になってくるのではないかと思っている。
 当然、我々も自由貿易で、様々な 新しいオポチュニティも出てくると思うが、一方で、海外企業との競争も激化するのは 間違いないと思われるため、とにかく英語力のアップ、産業力のアップというものがま すます重要になる。(第 3回 2013/2/26)

 英語教育についてだが、最後のところに『TOEFL 等』と、『』という言葉が 入っている。
 『TOEFL 等を使う』と『TOEFL を使う』というのでは全く意味合いが違う。 入試等については TOEFL に統一すべきである。
(第10回  2013/5/29)

 できるだけマーケットに任せ、国又は役所の関与は最小限にすべき。一番重要 なことは、いかに日本人を国際化していくか、また、独立自尊の精神を推進していくか ということであり、英語教育は非常に重要である。
 この観点から、大学入試及び国家公 務員試験に TOEFL を採用しようという話をしていたが、今回の最終案の中で『TOEFL 等などとなってしまったことは大変残念だ。
(第12回 2013/6/12)

 英語のところで、日本の大学教育のところに書いてあるが、日本人の意識 を変えるというところにおいて一点突破ということでいうと、大学入試を変えていく、 TOEFL に変えるということは重要。
 そこももう少し強調していただきたい。分かりやす くて外国の受けも良いのではないかと思っている。また、海外の優秀な人材をどうやっ て入れていくかということにおいて、日本人の本当の英語レベルが上がるということが 長期的にはとても大切。
 これはキーの戦略の一つだと思っている。
(第13回 2013/9/2)

 世界の知能を集めること。以前申し上げたが、日本のコンピュータ・サイ エンス専攻者は約2万人。アメリカが 36 万人で、中国が 100 万人という状態である。 
 世界の知能を集めるということが重要で、資料2-1に外国人高度人材の活用というこ とがあるが、その中に明確に実用英語教育の抜本的強化ということを入れていただきた い。
(第15回 2014/1/20)

、英語教育について。文科省の方でかなり積極的に推進をしていただいているが、 教育を実用英語に変えていこうという動きが大きく動き出していると感じている。
 ただ、 最後の段階である程度、各大学の裁量の余地を残してしまうと、実質的に進まないとい うこともよくあるため、ぜひ総理の強い指導力で英語教育改革を目指していただければ と思う。 (第16回 2014/6/10)

 国際化という意味では中国が今アメリカに約 20 万人の留学生を送っ ている。下村大臣の御尽力によって英語の入試改革は進んでいっているが、日本人、日 本の社会の内なる国際化というものも是非さらに強化していただきたいと思っている。
(第20回 2015/1/29)」

 このような三木谷議員の熱心な働きかけが功を奏してか、産業競争力会議の下部組織であるクールジャパンムーブメント推進会議は、2014/8/26 公用語を英語とする「英語特区」創設などを盛り込んだ提言をまとめ、稲田朋美担当相に提出した。
 政府は2020年東京五輪・パラリンピックに向け、文化発信に関する施策に反映させる考えだ。
 その提言内容はこうだ。

 「クールジャパンムーブメント推進会議は、海外と活発に交流できるコミュニケーション能力を獲得することをミッションとし、アクションプランの一つとして 公用語を英語とする英語特区をつくる。

 グローバルランゲージとしての英語を活用せざるを得ない環境を体験できるようにすることで、 日本人の英語能力を向上させて、外国人と躊躇なくコミュニケーションできるようにする。

 公用語を英語とする特区を創設し、気軽に 『英語漬け』 環境 に親しめる状況をつくる。
 例えば、特区内では公共の場での 会話は英語のみに限定する。
 また、視聴できるテレビ番組は 副音声放送がある番組とするほか、販売される書籍 ・ 新聞は 英語媒体とする。
 特区内で事業活動する企業が、社内共通語 の英語化や社員の英語能力向上に資する活動を積極的に展開 する等の一定条件を満たした場合、税制上の優遇措置を図る。」
(2014/8/26 クールジャパン提言から)

 英語を公用語化とする特区創設を提言されるまでに至ったのは、三木谷議員の尽力これありによるといっても過言ではない。
 あとは政府の施策に反映されるのを待つばかりとなった。
 畏るべし三木谷議員、飛ぶ鳥を落とす勢い、ベンチャーの星。 
 これほどまでに影響力ありかつ熱心に英語公用語化を進める彼の基本的考え方の背景にあるのは何か。
 三木谷氏の著作からそれを探ってみよう。

2016年1月18日月曜日

資本主義と自由について 7

 フリードマンは経済学者として、豊かな社会を目標としていることを、R・E・パーカーとのインタビューで述べている。

「パーカー : 資本主義にとって何が一番脅威でしょうか。

フリードマン : 資本主義にとっての一番の脅威は、過大な政府です。それは必ずしも社会主義とは限りません。
 単に官僚的、管理的、それに規制を好む政府と平等主義です。

パーカー : ロバート・ソローが言ったように、資本主義は、平等性を損なうことなく経済効率を高めることが可能であると証明し続けなければならないとお考えでしょうか。

フリードマン : 資本主義はそのような証明ができるとは思いません。また、そのような必要もないと思います。
                (中略)

パーカー: ケインズの目標は資本主義を守ろうとすることにあったとお考えでしょうか。

フリードマン : いいえ、そうではありません。ケインズの目標は正しく、私の目標と同じく、資本主義を守ることではありません。
 私もそうですが、彼の目標は豊かな社会を作ることでした。
 私はケインズを大変尊敬しています。彼は人間的にも大変立派な、偉大な経済学者であったと思います。
 大恐慌について彼が考えたあの仮設には同意しませんが、すべての科学の進歩というものは、後で誤りであると判明する仮説を提示した人から生まれるのです。
 私の答えはノーです。ケインズの目標は彼の仲間たち、イギリス国民、さらには世界中の人たちを豊かにすることであったと思います。」
(R・E・パーカー著宮川重義訳中央経済社『大恐慌を見た経済学者11人はどう生きたか』)

 だが彼の目標である豊かな社会は歪な形で到来した。豊かさは限られた一部の人に独占されその他大多数の人は置き去りにされた。その結果、格差はより一層拡大した。
 自由と平等は両立しないし両立させる必要もないという彼の考えの負の部分が現実のものとなったと言えよう。
 政府の干渉のない市場経済メカニズムのもとで安定的に機能するはずであったマネタリズムは必ずしもうまく機能せず、マネーが独り歩きをし市場経済は半ば賭博場と化した。

 20世紀最大の経済学者と言われたケインズは ”経済学者や政治哲学者の思想はそれが正しいか間違っているかにかかわらず強力であり、それ以外に世界を支配するものは殆んどない。” と言ったが、この経済学者の思想はフリードマンのそれについても同じことが言える。
 フリードマンは、ケインズ以降、最も有力な経済学者の一人であるからである。
 小さな政府、緊縮財政、マネタリズムなどフリードマンの思想は、アメリカ、欧州、日本はじめ今や世界中に浸透している。
 日本を含め各国の金融・財政政策はあたかもフリードマンの教えを忠実に守っているかのようだ。
 彼流に言えば ” 後で誤りと判明された仮説 ” であるにも拘らず。

 経済は生きている。細部を捨象すれば、インフレ期にはインフレ対策、デフレ期にはデフレ対策が正しい政策であるのは論を俟たない。
 世界の現状はグローバリズム化した結果、需要不足・供給過剰のデフレ現象を来たしている。少なくとも世界のGDPの過半を占める日米欧の先進諸国の実情はそうである。
 それ故供給が需要をつくりだすという発想にもとづいた政策は機能しなくなっている。
 小さな政府、緊縮財政、規制緩和は、需要過多、供給不足のインフレ期には有効かもしれないが需要が不足するデフレ期には有効とはいえない。
 それでもなお小さな政府、緊縮財政に走る世界の現状は驚嘆の極みであり、まるでフリードマンの呪縛に捉われているかのようだ。
 どうしたらこの呪縛から逃れられるだろうか。呪縛であるからには人の心の在りようにこそその解があるのではないか。

 人は総じて権威に弱い、経済学者それもノーベル章に輝く有力な経済学者の言説に逆らうことなど自らの価値を貶めるのではないか、自らの無知を晒すことになるのではないかとおそれる。

 そういう人は ” 王様は裸だ ” と叫んで人びとの呪縛を解いたアンデルセン童話の無邪気な子供の心を忘れ去ってしまっているのだ。

 この子供心を呼び覚しフリードマンの呪縛を解くものは果たして誰ぞ!

2016年1月11日月曜日

資本主義と自由について 6

 アメリカン・ドリームとは努力次第で誰でも成功するチャンスがあることの代名詞であるが、現実のアメリカは行き過ぎた自由により強者の論理にはかなうかもしれないが弱者の論理とは合致せずこの言葉の本来の意味を失いつつある。
 フリードマンの政策を積極的に採用したレーガン大統領時代からこのことが少しずつ現れはじめ貧富の差が拡大しアメリカは格差社会へと突入していった。
 格差拡大につれ機会均等も損なわれる。
 フリードマンの思想が顕著に政策として具現された例は、金融市場であろう。
 フリードマンは政府の介入を必要最小限に止める小さな政府を主張したが、中央銀行については例外扱いとした。
 マネタリストである彼は、特にマネーサプライを重視した。
 マネーサプライを常に一定の割合で増やしていけば経済は安定的に成長すると説いた。必要とあらばそれはコンピュータに任せてもいいとも。
 フリードマンは独特の実証経済学理論にもとづき金融市場から規制をなくし為替も固定相場制から変動相場制にすれば金融市場はより一層活性化し経済に好循環をもたらすであろうという仮説をたてた。
 この仮説はやがて現実に実施されその結果、規制を解除された金融市場は、水をえた魚のごとく自由に取引ができる市場となった。
 金融市場にはサブプライムローンなど複雑な金融商品が続々と生まれた。これらの金融商品を人びとは格付け会社の格付けを参考に競って購入した。高格付けを付与されたサブプライムローンはその典型であろう。その帰結は述べるまでもない。
 これが一つのキッカケになってリーマンブラザーズが破綻に追い込まれた。
 フリードマンの安定的な経済成長という意図とは裏腹にアメリカの金融市場は賭博場と化していった。
 リーマン・ショックは全世界に影響をあたえた。行き過ぎた自由、市場万能主義の結果は ”悲惨” の一語につきる。

 フリードマンが与えた影響について、中山智香子氏は簡潔ににまとめている。

 「市場の自由を唯一の原則とするフリードマンの経済学が、市場にとってむしろ例外と考えられていた 『企業』 と 『貨幣』 にかかわる利害関係者たちに利用され、また当時のアメリカの政治とメディアによって担ぎ出されて、さらには1973年9月11日のピノチェトのクーデター以降のチリの経済政策となって実施されたことで、ほんの数年のうちに、つまり1975,76年頃までにはほぼ 『主義』 として定着したことをみた。
 またそれが不況にあえぐイギリスでも処方され、また覇権国アメリカの心臓部ニューヨークの財政危機にも適用されるうちに、普通に働く人びとに 『所有者社会』 の夢を語りながら、『新自由主義』 としてグローバル世界に普及していく基盤を形成したことを考察した。
 ただし、そうした夢に誘うためにさまざまな金融商品が生み出された貨幣市場ではやがて、国家権力による統治の力も、これを土台とした国際経済社会の統治の力も及ばないような、いわばおカネの独り歩きという事態が生じることになった。
 2008年秋のいわゆるリーマン・ショック以降、世界を襲った金融危機は、このようなおカネの独り歩き状態が、やはりそれ自体として持続不可能な不安定なものであったことを示した。」
(中山智香子著平凡社『経済ジェノサイド』)

 市場の規制をなくし”おカネ”と”企業”を大事にした結果、強きを助け弱きを挫く経済の大量虐殺を招いた。
 これはフリードマンの意図とは異なる。
 フリードマンの意図は、マネーサプライを一定の割合で増やし、かつ企業に対しても課税強化などせず (課税強化などすれば企業は税金逃れなどに力をそそぎ本来の企業活動がおろそかになる) 企業の利益が増えるよう手助けすれば、その利益が貧しい人びとにも滴り落ち安定的な経済成長が得られる筈であった。
 マネーの暴走は安定的な成長というフリードマンの意図をはるかに超えグローバル化し制御不能となった。

 わが国もこの影響をモロに受け格差が拡大し、一億総中流はもはや昔話になってしまった。
 近年とくにフリードマンよりの政策をかかげる政府や金融・財政当局に対して、顔色をうかがう政府主催審議会の御用学者や民間議員の活躍が目立つ。
 経済学者の影響はたとえまちがっていても思いのほか強力である。
 ケインズは有名な『雇用、利子、貨幣の一般理論』の最後でこのことについて述べている。

 「経済学者や政治哲学者たちの発想というのは、それが正しい場合にもまちがっている場合にも、一般に思われているよりずっと強力なものです。というか、それ以外に世界を支配するものはほとんどありません。
 知的影響から自由なつもりの実務屋は、たいがいどこかのトンデモ経済学者の奴隷です。
 虚空からお告げを聞き取るような、権力の座にいるキチガイたちは、数年前の駄文書き殴り学者からその狂信的な発想を得ているのです。
 こうした発想がだんだん浸透するのに比べれば、既存利害の力はかなり誇張されていると思います。
 もちろんすぐには影響しませんが、しばらく時間をおいて効いてきます。
 というのも経済と政治哲学の分野においては、二十五歳から三十歳を過ぎてから新しい発想に影響される人はあまりいません。 
 ですから公僕や政治家や扇動家ですら、現在のできごとに適用したがる発想というのは、たぶん最新のものではないのです。
 でも遅かれ早かれ、善悪双方にとって危険なのは、発想なのであり、既存利害ではないのです。」
(ジョン・メイナード・ケインズ著山形浩生訳講談社学術文庫『雇用、利子、お金の一般理論』)


 経済学者の真贋の見極めは、既存利害などよりはるかに重要であるということだろう。

 リーマン・ショック直後の2008年11月イギリスのエリザベス女王がロンドン大経済政治学院の開所式で、その場に居合わせた経済学者たちに 『どうして、危機が起きることを誰も分からなかったのですか?』 と質問したがだれも答えられなかったという。
 この話には後日談がある。
 4年後の2012年12月イングランド銀行を訪れた同女王に対し、銀行幹部は4年前の女王の質問に回答を用意していた。
 『金融が複雑になって危機を予測できなかった』 と。
 これに対し女王はこう応えたという。
 『人びとが少しだらしなくなってきたのでしょう』