2016年8月1日月曜日

揺らぐEU 5

 EUはドイツ、フランス、イギリス、イタリアなど主要国の強い影響下にあるが、EUという巨大組織を実務上動かしているのはEU官僚である。
 実務上の権限を有する官僚の行動パターンは洋の東西を問わず共通するものがあるようだ。
 28ヵ国、約5億人のEU官僚は短期契約を含めると約3万人にのぼる。
 EU官僚もご多分にもれず権限の集中や厚遇が職員のエリート意識をはぐくみ実態とはかけ離れた規制を作り続けている。

 EU職員の厚遇ぶりを伝えている記事がある。

 「年金などを差し引いた平均月給は約6500ユーロ(約75万円)で、最高級の局長クラスになれば約1万6500ユーロ(約190万円)に達する。
 さらに、子ども1人につき月額約376ユーロ(約4万3千円)など様々な手当が上乗せされ所得税も免除される。
 退職後は、最高で最終給与の7割の年金をもらえる。」
(2016年6月25日朝日新聞)


 高給なうえに所得税まで免除されるとは。さすが日本の官僚もびっくり仰天うらやましく思うことしきりだろう。
 できれば生まれ変わってブリュッセルの官僚になりたいと、そこまで思うかどうかはわからないが・・・。
 そのEU官僚たちは厚遇にまもられ毎日毎日細部規則作成に余念がない。
 作成した書類の多さは膨大で英国のEU離脱派によるとEUの規制を網羅した書類を重ねると50メートルにも及びロンドンのトラファルガー広場のネルソン提督像を超すという。

 ことほど左様にEU官僚による細部規制が徹底しているので英国のビジネスは縛られ競争力をそがれているとEU離脱派は訴えた。

 フランスでも同じようにEU官僚に対する不満がある。

「現在のFN(フランス国民戦線)の政策綱領にはこんな一節がある。

 《こんにち我が国の民主主義の機能は、我々の法律を非民主的な欧州の当局に委ねることによって、しばしば民主主義の絶対的条件を満たしていない機関とその行為によって、私益のために公益を守らない民主主義の赤字を強化している権力行使の逸脱によって、大きく阻害されている。》

 この見方は、FNだけのものではない。フランスの政治家や学者、評論家もまた、『80%以上の法規がEUで決められて、国内で独自に決められることはほとんどない』としばしば口にする。
 EU法はそのままEUの加盟国に直接適用され、EU指令は、それに沿って各国で法律を制定あるいは改正しなければならない。 
 指令は国の法律に移し替えるため、その審議の過程で各国の国会が関与するとはいえ、すでに要点はEUで決まっており、変えるわけにはいかない。
 また、かっては欧州全体で共通の政策をおこなうのは、農業ぐらいのものであったが、マーストリヒト条約によって大幅に分野が増えた。
 法律以外にもさまざまな規格や衛生基準などもある。」
(広岡裕児著新潮社『EU騒乱』)


 民主主義の赤字とは、端的にいえば行き過ぎた官僚支配であり、政治支配の欠如に他ならない。
 EU加盟国は立法権の一部を欧州議会に委ねているが欧州議会の権限はきわめて限られている。
 実質的に立法権を有するのは閣僚理事会である。
 加盟国代表1名からなる欧州委員会はEUの行政機関・EU政府でありここに3万人におよぶ官僚機構を擁している。
 欧州市民が選べるのは欧州議会の議員だけであり、その欧州議会の権限は閣僚理事会や欧州委員会のサポート的立場にすぎず各国国会よりもはるかに制限されている。
 この結果欧州市民の声はEUの政策に殆んど反映されない仕組みになっている。
 そこでは市民の関与もなく政策の透明性もない。一部の行政官と官僚が殆んどの政策を決定するため民主主義の欠乏→民主主義の赤字といわれるゆえんである。

 EUのヒト・カネ・モノ・サービスの自由な移動ができる単一市場という高邁な理想はここにきて曲がり角にさしかかっている。
 元々歴史・文化・人種・宗教など異なった巨大なEU共同体をまとめるには政治的・経済的エリートに頼るほかなく彼らはこれを計画的に実行した。
 巨大組織をまとめるには中国共産党にも見られるように一部のエリートに頼らざるを得ないのであろうか。

 元フランス大統領シャルル・ド・ゴールは巨大組織をまとめることに関連しEUと米国の違いについて回顧録で述べている。

 「いったいどれだけ深い幻想や思い込みがあれば、それぞれに地理歴史言語をもち、何世紀にもわたって数知れぬ努力や苦労によって鍛え上げられてきた欧州諸国が、自分自身であることをやめて、たった一つのものになるなどと信じられるだろうか。
 どれだけ大雑把に見れば、よくナイーブにもちだされる欧州と米国の比較ができるのだろうか?
 米国は、何もないところに、新天地に、根なしの入植者の連続によってできたものだ。」
(シャルッル・ド・ゴール『希望の回顧録』前掲書から)

 ド・ゴールの懸念はいまや現実のものになっている。

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