8月25日北京の新華社通信は、昭和天皇の戦争責任についての記事を掲載した。
曰く、
”昭和天皇は侵略した国と人民に対して謝罪の意思を表さなかった。故に昭和天皇の後継者は 『ブラント元西ドイツ首相が跪くことでドイツ民族が立ち上がった』 ことを厳粛に受け止め、誠意をもって謝罪し懺悔すべきである。それによってはじめて過去が氷解し信頼と調和が得られる” と。
これに対しわが国の政府は著しく礼を欠いていると抗議した。
この件で戦争責任と歴史認識についての中国とわが国の認識の違いが如何に根深いかが分かる。
日本人が考える戦争責任と中国が考えるそれとは著しく異なる。
中国が考える日本の戦争責任は、何よりもまず日本の軍国主義であり、これは天皇を中心とした政府、軍隊、財閥などの主要な勢力によって主導されたものである。
中国政府の公式見解ではないが、少なくとも新華社通信はこのように断じている。新華社通信は政府系通信社である。中国政府の意向無しとしない。
それでは日本の戦争責任とは何か?
責任主体の不在。これこそ日本の戦争責任の実態である。全てにあるが、だれか特定の個人や機関に特定できない。
それを裏付ける有力な証拠がある。
戦後旧海軍の将校が集まり130回以上にわたり開催された戦争反省会の記録である。
一様に口をそろえて言うことは 『なんとなく戦争に突入するというその場の空気に逆らえなかった』 である。
今も昔も日本人は空気に左右される。空気は日本人にとって宗教の戒律、あるいはそれ以上のものである。これに逆らうものは断罪される。
また同上の反省会であきらかにされたように、度重なる御前会議で昭和天皇が戦争を支持されたという記録はどこにもない。
事実は、輔弼である内閣と統帥部は一致して対米英開戦を上奏した。
立憲上、昭和天皇はこれを却下できない。もしこれを昭和天皇が却下されたとすればどうなったか。
内閣は総辞職し、対米英開戦は避けられたであろう。
だが、そうなればこの時点で立憲政治は死をむかえたであろう。
立憲政治を守るために昭和天皇は輔弼が一致して上奏した対米英開戦を承認せざるを得ない。
従って昭和天皇に戦争責任があるという人は立憲政治を守らなくてもよいと主張するに等しい。立憲の常道なくしてデモクラシーはありえない。
昭和天皇には戦争責任がある、だがデモクラシーは絶対守らなければならないという人は自らの矛盾に気づいていない。
新華社の記事がいかに的外れであるかがわかる。
このように外国からなかなか窺い知れないのが日本の戦争責任問題である。
戦争責任に限らず日本人はどのような場合に責任を負うのか。日本人と責任について改めて原点に立ち返り考えてみたい。
2015年8月24日月曜日
突出するドイツ 6
ユーロ圏でドイツだけが突出した経済発展を遂げ、そのドイツが中心となって南欧諸国に緊縮財政を強いている。
同じ敗戦国から経済発展したドイツと日本であるが、辿った道が異なり互いに参考とすべきもの、教訓を得るものはなかなか見出し難い。
特にユーロが誕生して以降、ドイツが行っている緊縮策はデフレ期にある日本にとっては成長を逆行させる策でしかない。
ユーロに対してドイツがいくら影響力あるとはいえユーロはドイツの独自通貨ではない。だが円は日本の独自通貨だ。
この違いは金融政策、財政政策に天と地の開きをもたらす。
クルーグマン教授は次の一文でその実態を明らかにしている。
「日本の場合、負債は1990年代から上昇していて、特筆に値する。
今のアメリカと同じく、日本は過去10年以上にわたり、すぐにでも債務危機に直面するといわれてきた。
でも危機はいつまでたってもこないし、日本の10年物国債金利は1パーセントほどだ。
日本の金利上昇に賭けた投資家たちは大損ばかりしていて日本国債を空売りするのは 『死の取引』 とまで言われるようになった。
そして日本を研究していた人々は、2011年にS&Pがアメリカ国債の格付けを引き下げたときに何が起こるか、かなり見当がついていた - というか、何も起こらないとわかっていた。
というのも、S&Pは日本国債の格付けを2002年に引き下げたけれど、その時もやっぱり何も起きなかったからだ。
でもイタリア、スペイン、ギリシャ、アイルランドはどうなの?
これから見るように、これらの国はどれも20世紀の相当部分のイギリスほどの債務はなく、いまの日本ほどの深みにもはまっていないのに、明らかに国債自警団 (注:ある国の金融/財政政策に安心感を失うと、その国の国債を投売りする投資家) の攻撃に直面している。
何がちがうんだろうか?
その答えは、もっと説明が必要だけれど、自国通貨で借りるか外貨建てで借りるかがすさまじい差をもたらすということだ。
イギリス、アメリカ、日本はみんな、それぞれポンド、ドル、円で借りている。
これに対し、イタリア、スペイン、ギリシャ、アイルランドはみんな現時点では自国通貨を持っておらず、その負債はユーロ建てだ - これが実は、こうした国々をパニック攻撃にとても弱くしてし
まう。」
(早川書房ポール・クルーグマン著山形浩生訳『さっさと不況を終わらせろ』)
クルーグマン教授は、自国通貨建ての政府の債務は急いで返済することなどさらさらないとアメリカを例に挙げて言っている。
「仮に国債自警団がお出ましにならず、危機も起こらなかったとしよう。それでも、将来のツケを残すのは心配すべきじゃないだろうか?
答えは文句なしに 『その通り、ではありますが・・・』 というもの。
そう、金融危機の後始末のために、いま負債を積み上げれば、将来に負担を残す。でもその負担は、財政赤字タカ派が示唆する派手なレトリックよりはずっと小さい。
念頭におくべきことは、危機が始まってからアメリカが積み上げた5兆ドルかそこらの負債や、この経済的な包囲網が終わるまでに絶対必要なさらなる数兆ドルの負債はそんなに慌てて返済する必要はないし、それどころかまったく返済せずにすむかもしれないということだ。
実は、負債が増え続けても別に悲劇ではない。それがインフレと経済成長の合計よりも伸び率が低ければ、もんだいにはならない。
この点を示すため、第二次世界大戦末にアメリカ政府が負っていた2410億ドルの負債がどうなったか考えてみよう。
いまの感覚でいうと、あまり大金には思えないけど、当時の1ドルの価値はいまよりずっと高かったし、経済もずっと小さかったので、これはGDPの120パーセントに相当する(2010年では、連邦、州、地方の負債総額はGDPの93.5パーセントだ)。
この借金はどうやって返済したんだろうか? 答:返済されていない。
連邦政府はその後しばらく、均衡財政を続けていただけだ。
1962年の公的債務は、1964年とほぼ同じだった。でも、ゆるいインフレと大幅な経済成長の組み合わせで、債務のGDP比率は60パーセントほどに下がっていた。
そして1960年代と70年代には、軽い財政赤字の年が多かったけれど、債務のGDP比率は下がり続けた。
債務がやっとGDPより急速に増え始めたのは、ロナルド・レーガン政権下で財政赤字がずっと大きくなってからのことだった。」(前掲書)
自国通貨建てでない国の政府の債務は自国通貨建ての国の債務のようにはいかない。前者は通過発行権がないため債務不履行はデフォルトにつながるが、後者は自国通貨建ての債務であれば通貨発行権があるためデフォルトの恐れはない。
たとえばユーロ圏で、ギリシャの債務返済が問題になったように期限までに返済しなければ直ちにデフォルトを宣告される心配をしなければならない。
『積極財政で景気がよくなればいいがそんなものはあてにならない。緊縮策にすれば確実に財政赤字が減らせるし、何より安心感がある。』
通貨発行権のないユーロ諸国がこのトリシェ前欧州中央銀行(ECB)総裁の考えに傾くのも無理もない。
緊縮策を推進するドイツはユーロの構成員である。日本が通貨発行権を持たないドイツから何か学ぶことがあるのだろうか。
答えはあえて言うまでもない。
同じ敗戦国から経済発展したドイツと日本であるが、辿った道が異なり互いに参考とすべきもの、教訓を得るものはなかなか見出し難い。
特にユーロが誕生して以降、ドイツが行っている緊縮策はデフレ期にある日本にとっては成長を逆行させる策でしかない。
ユーロに対してドイツがいくら影響力あるとはいえユーロはドイツの独自通貨ではない。だが円は日本の独自通貨だ。
この違いは金融政策、財政政策に天と地の開きをもたらす。
クルーグマン教授は次の一文でその実態を明らかにしている。
「日本の場合、負債は1990年代から上昇していて、特筆に値する。
今のアメリカと同じく、日本は過去10年以上にわたり、すぐにでも債務危機に直面するといわれてきた。
でも危機はいつまでたってもこないし、日本の10年物国債金利は1パーセントほどだ。
日本の金利上昇に賭けた投資家たちは大損ばかりしていて日本国債を空売りするのは 『死の取引』 とまで言われるようになった。
そして日本を研究していた人々は、2011年にS&Pがアメリカ国債の格付けを引き下げたときに何が起こるか、かなり見当がついていた - というか、何も起こらないとわかっていた。
というのも、S&Pは日本国債の格付けを2002年に引き下げたけれど、その時もやっぱり何も起きなかったからだ。
でもイタリア、スペイン、ギリシャ、アイルランドはどうなの?
これから見るように、これらの国はどれも20世紀の相当部分のイギリスほどの債務はなく、いまの日本ほどの深みにもはまっていないのに、明らかに国債自警団 (注:ある国の金融/財政政策に安心感を失うと、その国の国債を投売りする投資家) の攻撃に直面している。
何がちがうんだろうか?
その答えは、もっと説明が必要だけれど、自国通貨で借りるか外貨建てで借りるかがすさまじい差をもたらすということだ。
イギリス、アメリカ、日本はみんな、それぞれポンド、ドル、円で借りている。
これに対し、イタリア、スペイン、ギリシャ、アイルランドはみんな現時点では自国通貨を持っておらず、その負債はユーロ建てだ - これが実は、こうした国々をパニック攻撃にとても弱くしてし
まう。」
(早川書房ポール・クルーグマン著山形浩生訳『さっさと不況を終わらせろ』)
クルーグマン教授は、自国通貨建ての政府の債務は急いで返済することなどさらさらないとアメリカを例に挙げて言っている。
「仮に国債自警団がお出ましにならず、危機も起こらなかったとしよう。それでも、将来のツケを残すのは心配すべきじゃないだろうか?
答えは文句なしに 『その通り、ではありますが・・・』 というもの。
そう、金融危機の後始末のために、いま負債を積み上げれば、将来に負担を残す。でもその負担は、財政赤字タカ派が示唆する派手なレトリックよりはずっと小さい。
念頭におくべきことは、危機が始まってからアメリカが積み上げた5兆ドルかそこらの負債や、この経済的な包囲網が終わるまでに絶対必要なさらなる数兆ドルの負債はそんなに慌てて返済する必要はないし、それどころかまったく返済せずにすむかもしれないということだ。
実は、負債が増え続けても別に悲劇ではない。それがインフレと経済成長の合計よりも伸び率が低ければ、もんだいにはならない。
この点を示すため、第二次世界大戦末にアメリカ政府が負っていた2410億ドルの負債がどうなったか考えてみよう。
いまの感覚でいうと、あまり大金には思えないけど、当時の1ドルの価値はいまよりずっと高かったし、経済もずっと小さかったので、これはGDPの120パーセントに相当する(2010年では、連邦、州、地方の負債総額はGDPの93.5パーセントだ)。
この借金はどうやって返済したんだろうか? 答:返済されていない。
連邦政府はその後しばらく、均衡財政を続けていただけだ。
1962年の公的債務は、1964年とほぼ同じだった。でも、ゆるいインフレと大幅な経済成長の組み合わせで、債務のGDP比率は60パーセントほどに下がっていた。
そして1960年代と70年代には、軽い財政赤字の年が多かったけれど、債務のGDP比率は下がり続けた。
債務がやっとGDPより急速に増え始めたのは、ロナルド・レーガン政権下で財政赤字がずっと大きくなってからのことだった。」(前掲書)
自国通貨建てでない国の政府の債務は自国通貨建ての国の債務のようにはいかない。前者は通過発行権がないため債務不履行はデフォルトにつながるが、後者は自国通貨建ての債務であれば通貨発行権があるためデフォルトの恐れはない。
たとえばユーロ圏で、ギリシャの債務返済が問題になったように期限までに返済しなければ直ちにデフォルトを宣告される心配をしなければならない。
『積極財政で景気がよくなればいいがそんなものはあてにならない。緊縮策にすれば確実に財政赤字が減らせるし、何より安心感がある。』
通貨発行権のないユーロ諸国がこのトリシェ前欧州中央銀行(ECB)総裁の考えに傾くのも無理もない。
緊縮策を推進するドイツはユーロの構成員である。日本が通貨発行権を持たないドイツから何か学ぶことがあるのだろうか。
答えはあえて言うまでもない。
2015年8月17日月曜日
突出するドイツ 5
ドイツは東西ドイツ統合によって財政赤字が膨らんだが、この赤字を減らしたという実績があり、財政については自信と矜持を持っているようだ。
2008年9月のリーマンショックは、第一次と第二次の2度にわたる世界大戦後に経験した超インフレの悪夢をドイツに呼び覚ました。
このリーマンショックが一つの契機となり周到になったドイツは、2009年に毎年GDPの0.35%を超える追加的な借金をすることを禁ずるという債務ブレーキ条項を憲法で規定するに至った。
このドイツの債務ブレーキ条項を追認するかのように当時の欧州中央銀行のトリシェ総裁は、ドイツが同条項を憲法で規定した翌年の2010年にイタリアの新聞社にインタビューで答えている。
「 (質問) 次々に金利引き下げですね。多くの経済学者は、明らかにデフレの危険があると言っています。これをどうごらんになっていますか。
(答え) そんなリスクが実現するとは思いません。それどころか、インフレ期待は驚くほど我々の定義したもの - 2パーセント以下、2パーセント近く - に驚くほどしっかり固定されていますし、最近の危機でもそれは変わっていません。経済について言えば、財政緊縮が停滞を引き起こすという考えはまちがっています。
(質問) まちがっている、ですって?
(答え) その通り。実はこうした状況にあっては、家計、企業、投資家が公共財政の持続可能性について抱く安心感を高めることはすべて、成長と雇用創出の実現に有益なんです。
わたしは現状において、安心感を高める政策は経済回復を阻害するどころか促進すると固く信じています。今日では、安心こそが重要な要因だからです。
- 欧州中央銀行(ECB)総裁ジャン=クロード・トリシェ、イタリアの新聞『ラ・レププリカ』インタビュー、2010年6月」
(早川書房ポール・クルーグマン著山形浩生訳『さっさと不況を終わらせろ』)
財政緊縮は人々に安心感を与える。人々に安心感を与えれば経済回復を促進する。
欧州中央銀行とドイツは、ドイツの役割上同じ運命を背負っている。
緊縮財政の正体見たりの感がある!
緊縮財政の正体は、人々に安心感を与えることであったのだ。
「本章の冒頭で、ジャン=クロード・トリシェの発言を引用した。彼は2011年秋までECBの総裁で、この引用は驚くほど楽観的な - そして驚くほどバカげた - ドクトリンを示している。
でもこれは2010年に権力の座にある人々の間に猛威をふるったドクトリンだった。
このドクトリンは、政府支出を削減する直接効果は需要を減らし、他の条件が同じであれば、経済下降と高い失業をもたらすという点では認めている。
でもトリシェのような人々が固執するところでは、『安心感』がこの直接効果を補って余りあるものとなるのだそうだ。
ぼくは早い時期に、このドクトリンを『安心感の妖精』信仰と呼んで、この呼び名はどうやら定着したようだ。」(前掲書)
ギリシャはじめ南欧諸国の経済の惨状はいまなおつづいている。
それでも、先のギリシャ支援協議でも、ドイツを実質上盟主とする欧州連合(EU),国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)のトロイカはギリシャに支援の条件として緊縮策を強いた。
トリシェ総裁時代の緊縮策と何ら変わっていない。ドイツの強い意思が感じられる。
日本が、このドイツから教訓を得ることがあるのだろうか。あるとしたらそれは何か。改めて考えてみたい。
2008年9月のリーマンショックは、第一次と第二次の2度にわたる世界大戦後に経験した超インフレの悪夢をドイツに呼び覚ました。
このリーマンショックが一つの契機となり周到になったドイツは、2009年に毎年GDPの0.35%を超える追加的な借金をすることを禁ずるという債務ブレーキ条項を憲法で規定するに至った。
このドイツの債務ブレーキ条項を追認するかのように当時の欧州中央銀行のトリシェ総裁は、ドイツが同条項を憲法で規定した翌年の2010年にイタリアの新聞社にインタビューで答えている。
「 (質問) 次々に金利引き下げですね。多くの経済学者は、明らかにデフレの危険があると言っています。これをどうごらんになっていますか。
(答え) そんなリスクが実現するとは思いません。それどころか、インフレ期待は驚くほど我々の定義したもの - 2パーセント以下、2パーセント近く - に驚くほどしっかり固定されていますし、最近の危機でもそれは変わっていません。経済について言えば、財政緊縮が停滞を引き起こすという考えはまちがっています。
(質問) まちがっている、ですって?
(答え) その通り。実はこうした状況にあっては、家計、企業、投資家が公共財政の持続可能性について抱く安心感を高めることはすべて、成長と雇用創出の実現に有益なんです。
わたしは現状において、安心感を高める政策は経済回復を阻害するどころか促進すると固く信じています。今日では、安心こそが重要な要因だからです。
- 欧州中央銀行(ECB)総裁ジャン=クロード・トリシェ、イタリアの新聞『ラ・レププリカ』インタビュー、2010年6月」
(早川書房ポール・クルーグマン著山形浩生訳『さっさと不況を終わらせろ』)
財政緊縮は人々に安心感を与える。人々に安心感を与えれば経済回復を促進する。
欧州中央銀行とドイツは、ドイツの役割上同じ運命を背負っている。
緊縮財政の正体見たりの感がある!
緊縮財政の正体は、人々に安心感を与えることであったのだ。
「本章の冒頭で、ジャン=クロード・トリシェの発言を引用した。彼は2011年秋までECBの総裁で、この引用は驚くほど楽観的な - そして驚くほどバカげた - ドクトリンを示している。
でもこれは2010年に権力の座にある人々の間に猛威をふるったドクトリンだった。
このドクトリンは、政府支出を削減する直接効果は需要を減らし、他の条件が同じであれば、経済下降と高い失業をもたらすという点では認めている。
でもトリシェのような人々が固執するところでは、『安心感』がこの直接効果を補って余りあるものとなるのだそうだ。
ぼくは早い時期に、このドクトリンを『安心感の妖精』信仰と呼んで、この呼び名はどうやら定着したようだ。」(前掲書)
ギリシャはじめ南欧諸国の経済の惨状はいまなおつづいている。
それでも、先のギリシャ支援協議でも、ドイツを実質上盟主とする欧州連合(EU),国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)のトロイカはギリシャに支援の条件として緊縮策を強いた。
トリシェ総裁時代の緊縮策と何ら変わっていない。ドイツの強い意思が感じられる。
日本が、このドイツから教訓を得ることがあるのだろうか。あるとしたらそれは何か。改めて考えてみたい。
2015年8月10日月曜日
突出するドイツ 4
『ドイツでの定点観測を始めてから、25年目になる』 という熊谷徹氏は、一言でいえば『ドイツかぶれ』といっても言い過ぎではないほどドイツに肩入れし、日本については否定的だ。
『ドイツかぶれ』が言いすぎであれば、母国 日本に対する自虐思想の反動といってもいい。
優秀なジャーナリストであるにもかかわらず自虐史観教育の罠に嵌ったとしかいいようのないほどの思想にとり憑かれている。わが国の戦後教育の体現者ともいえる。
『ドイツかぶれ』が言いすぎであれば、母国 日本に対する自虐思想の反動といってもいい。
優秀なジャーナリストであるにもかかわらず自虐史観教育の罠に嵌ったとしかいいようのないほどの思想にとり憑かれている。わが国の戦後教育の体現者ともいえる。
戦争責任についていえば、日本とドイツは根本的に異なる。
日本の無責任体制は第二次大戦に限らず、もともと日本人の行動様式である。
日本は、その場の空気によってことが決まる。これは、わが国の多くの社会学者が指摘するところであるが、戦前戦後を問わず、また人が介在することがらのすべてについて言える。
ここのところの理解がなければ判断を誤りいつまでも誤解が解けない。
彼はドイツ語をマスターし、ドイツについて必死に理解に励んだが、日本についてはどうか。
彼は戦後の学校教育で受けた印象をそのまま引きずりそこに止まっているのではないか。
日本の無責任体制は第二次大戦に限らず、もともと日本人の行動様式である。
日本は、その場の空気によってことが決まる。これは、わが国の多くの社会学者が指摘するところであるが、戦前戦後を問わず、また人が介在することがらのすべてについて言える。
ここのところの理解がなければ判断を誤りいつまでも誤解が解けない。
彼はドイツ語をマスターし、ドイツについて必死に理解に励んだが、日本についてはどうか。
彼は戦後の学校教育で受けた印象をそのまま引きずりそこに止まっているのではないか。
彼はまた語学の重要性を強調するあまり、中小企業者にもジャーナリスト並の語学をマスターしなければ成功は覚束ないという。
戦後のどさくさで、自信をなくした日本人が、いっそのこと日本語をやめて英語を母国語にしたらどういかといった話を想起させる。
彼の個人的体験は感情移入が激しくおよそ科学的調査手法とはかけ離れたものとなっている。
彼の個人的体験は感情移入が激しくおよそ科学的調査手法とはかけ離れたものとなっている。
ドイツ人と結婚し3人の子供を育てた川口マーン恵美氏は、33年にもわたるドイツ生活を通じ、ドイツに対し冷静な観察眼を失っていない。
彼女は、ドイツの歴史に精通し、的確にドイツの現状をレポートしている。
戦時賠償については、ユダヤ人に対する『人道に対する罪』でイスラエルに慰謝料を支払ったが、その他の国にたいしては、何も支払っていないという。
たとえば、ギリシャのチプラス首相はドイツに対し戦後70年も経過した今頃、戦時の強制調達の補償を要求したほどだ。
彼女は、ドイツの歴史に精通し、的確にドイツの現状をレポートしている。
戦時賠償については、ユダヤ人に対する『人道に対する罪』でイスラエルに慰謝料を支払ったが、その他の国にたいしては、何も支払っていないという。
たとえば、ギリシャのチプラス首相はドイツに対し戦後70年も経過した今頃、戦時の強制調達の補償を要求したほどだ。
彼女はまたドイツの外国人労働者に頼った経済成長戦略、およびフランスやロシアなどドイツの近隣諸国の原子力やガスに頼った脱原発エネルギー政策は、必ずしも順風満帆ではなく、むしろジレンマに陥っているのが実態であると指摘している。
これに関連して最近ヨーロッパで最大の関心事である移民問題についてもいち早く懸念を表明している。
個人の体験は科学的な調査まで昇華しているか否か、科学的訓練を受けているか否かが重要であり信憑性はそれにかかっている。
次に残った問題は、ドイツがなぜ南欧諸国に緊縮財政を強いるのかである。
これに関連して最近ヨーロッパで最大の関心事である移民問題についてもいち早く懸念を表明している。
個人の体験は科学的な調査まで昇華しているか否か、科学的訓練を受けているか否かが重要であり信憑性はそれにかかっている。
川口氏のレポートはドイツの歴史に精通した知識と日々のドイツでの生活に裏打ちされたものであろう。科学的調査方法の訓練をうけている人のそれを想起させる。
この問題については熊谷、川口両氏とも詳しく触れていない。
稿を改め考えてみたい。
稿を改め考えてみたい。
2015年8月3日月曜日
突出するドイツ 3
つぎにドイツ在住33年の作家川口マーン恵美氏の著作から。
彼女はドイツ人と結婚し3人の子供を育てた。この実体験を通じドイツと日本について独自の比較文化論を展開している。
ドイツについては、一般的な日本人のドイツ感とは異なり厳しい見方をしているように思える。
日本とドイツは同じ敗戦国であるが、ドイツは『人道に対する罪』を犯しているが、日本はそうではないという違いがあるという。
日本はドイツに比し戦後の反省が足りないと言われることもある。
これに関連し、彼女は、ドイツは戦後賠償が済んでいないが、日本は済んでいるという。
「ドイツには、自国が平和条約を締結していないこと、それゆえ、戦時賠償を含む戦後処理を済ませていないことを知っている人は、ほとんどいない。
ドイツ国民は、西ドイツ政府が道義的見地から支払った補償を、戦時賠償と捉えているのだ。
戦時賠償というのは、SS(ナチ親衛隊)だけでなく、国防軍が行った違法行為がその対象となるのだが、そんなことを知っている国民は少ない。
そして、どれだけの金額がどの国の犠牲者に支払われたかという報道を耳にするたびに、自分たちは莫大な賠償を支払っていると勘違いし続けて今まで来たのだ。
それが、『人道に対する罪』という、ナチ特有の残虐行為に対する慰謝料に限られていることも、誰も知らない。
日本軍には、『人道に対する罪』はなかった。不公平極まりない東京裁判でさえ、日本軍に『人道に対する罪』を押しつけることはできなかった。
だから、日本が戦後、旧敵国に支払ってきたものは、平和条約に基づいた純粋な戦時賠償で、しかも、わずかな金額ではない。 ドイツ人に、日本人は反省が足りないなどと言われる筋合いは、まったくないはずだ。」
(徳間文庫カレッジ 川口マーン恵美著『日本とドイツ 歴史の罪と罰』)
歴史認識については第二次世界大戦の動機と目的が日独で異なるという。
「第二次世界大戦に関していうなら、戦争に負けた日本が、戦勝国の都合で一方的に悪者にされたしまったのは、弱肉強食の定めで仕方ない。もちろん、日本が悪くなかったとは言わないが、しかし、身に覚えのない罪まで被る必要はないはずだ。
そして、さらにもう一つだけ拘るなら、ドイツと日本がひと括りにされてしまうことが不本意だ。
ドイツと日本の戦後の発展には似通った点がたくさんあるが、第二次世界大戦の動機と目的においては、ほとんど共通点はなかった。」(前掲書)
経済発展については
「ドイツと日本は、戦後の何もないところから世界有数の経済大国にのしあがった点は大変よく似ているが、その過程に一つ、決定的な違いがあった。
日本がワーカーホリック(働き中毒)などと悪口を叩かれつつ、自分たちで必死に働いて奇跡の復興を成し遂げたのに比べて、ドイツは人手不足が始まった早い段階で外国人労働者を導入した点だ。
1955年12月、ドイツはイタリア政府と労働者受け入れの協定を結んだ。1960年にはギリシャとスペインがそれに加わり、1961年にトルコ、1962年にモロッコ、1964年にポルトガル、1965年にチュニジア、そして、1968年に旧ユーゴスラビアと続く。
当時、経済振興は国家の最大目的で、そのためには世界市場で競争力のある製品を作らなくてはいけなかった。
企業は当然、安い労働力を求め、政府は企業のその欲求を叶えることを最優先にした。
(講談社+α新書 川口マーン恵美著『8勝2敗で日本の勝ち』)
ドイツ人は労働時間は短く高給であっても不満をもっているという
「ドイツ人の労働時間は短く、しかも賃金は高い。おまけに、社会保障費も高い。社会保障費の半分は雇用者が負担しなければいけないし、労災保険は全額負担しなければならないから、雇用者側は、当然、できるだけ従業員を増やさずに、労働効率を上げようとする。
つまり、同じ時間内にこなさなければいけない仕事がだんだんと増えていっても不思議ではないのだ。
ただ私の見るところ、ドイツ人は、自分で自分の首を絞めているようなところも多い。
だいたい、働いている人が、自分の労働時間をあまりにもシビアに見張り過ぎている。
たとえば、週38時間の雇用契約を結んでいる人は、自分の労働時間がそれを1分でも超えると損をしたと思い、とても腹を立ててしまうのだ。
だから、何が何でも時間内に仕事をこなそうと皆が常に焦っていて、勤務中、極端に不機嫌だ。」(前掲書)
エネルギー政策ではドイツはジレンマに陥っているという
「ドイツで現在稼動している原発を全基廃止すると、40ギガワットの電力が足りなくなるそうだ。
現在すでに31基の原発を持つロシアは、2020年までにさらに40基の原発を建設する予定だという。
というのも、生産可能なガスと石油を、なるべく多く外国に輸出するためである。
石油とガスは、たとえばドイツに輸出すれば、ロシア国内の8倍の値段で売れるというから、そんなものを自国民のために提供するほどプーチンは馬鹿ではない。
つまり、自国の電力は原子力でまかなおうという腹なのである。
こうなってくると、ドイツの決意はなんだか間が抜けている。
緑の党の宿願通り国内での原発廃止は決定したものの、その代わりに輸入するエネルギー資源は、ロシアが自国で原発を造ってまかなってくれることになる。
一方、国境を接したフランスには59基の原発が林立し(フランスは電力の79パーセントを原子力で生産している)、またスイスには5基(同40パーセント)、チェコにも6基(同32パーセント)の原発がある。
しかもその多くは、ドイツとの国境に沿って並んでいる。
原発を自国から駆逐すれば安全というのなら、ドイツの行動にも一理あろう。しかし、そうではないことは、すでにチェルノブイリが証明してくれた。」
(徳間文庫カレッジ 川口マーン恵美著『日本とドイツ 歴史の罪と罰』)
川口氏は、実生活にもとづく経験で、日本に比べて、総じてドイツの長所よりも短所が目につき、日本がドイツから学ぶことはそう多くないと結論づけている。
次稿で、熊谷、川口両氏の著作の検証を行ってみよう。
彼女はドイツ人と結婚し3人の子供を育てた。この実体験を通じドイツと日本について独自の比較文化論を展開している。
ドイツについては、一般的な日本人のドイツ感とは異なり厳しい見方をしているように思える。
日本とドイツは同じ敗戦国であるが、ドイツは『人道に対する罪』を犯しているが、日本はそうではないという違いがあるという。
日本はドイツに比し戦後の反省が足りないと言われることもある。
これに関連し、彼女は、ドイツは戦後賠償が済んでいないが、日本は済んでいるという。
「ドイツには、自国が平和条約を締結していないこと、それゆえ、戦時賠償を含む戦後処理を済ませていないことを知っている人は、ほとんどいない。
ドイツ国民は、西ドイツ政府が道義的見地から支払った補償を、戦時賠償と捉えているのだ。
戦時賠償というのは、SS(ナチ親衛隊)だけでなく、国防軍が行った違法行為がその対象となるのだが、そんなことを知っている国民は少ない。
そして、どれだけの金額がどの国の犠牲者に支払われたかという報道を耳にするたびに、自分たちは莫大な賠償を支払っていると勘違いし続けて今まで来たのだ。
それが、『人道に対する罪』という、ナチ特有の残虐行為に対する慰謝料に限られていることも、誰も知らない。
日本軍には、『人道に対する罪』はなかった。不公平極まりない東京裁判でさえ、日本軍に『人道に対する罪』を押しつけることはできなかった。
だから、日本が戦後、旧敵国に支払ってきたものは、平和条約に基づいた純粋な戦時賠償で、しかも、わずかな金額ではない。 ドイツ人に、日本人は反省が足りないなどと言われる筋合いは、まったくないはずだ。」
(徳間文庫カレッジ 川口マーン恵美著『日本とドイツ 歴史の罪と罰』)
歴史認識については第二次世界大戦の動機と目的が日独で異なるという。
「第二次世界大戦に関していうなら、戦争に負けた日本が、戦勝国の都合で一方的に悪者にされたしまったのは、弱肉強食の定めで仕方ない。もちろん、日本が悪くなかったとは言わないが、しかし、身に覚えのない罪まで被る必要はないはずだ。
そして、さらにもう一つだけ拘るなら、ドイツと日本がひと括りにされてしまうことが不本意だ。
ドイツと日本の戦後の発展には似通った点がたくさんあるが、第二次世界大戦の動機と目的においては、ほとんど共通点はなかった。」(前掲書)
経済発展については
「ドイツと日本は、戦後の何もないところから世界有数の経済大国にのしあがった点は大変よく似ているが、その過程に一つ、決定的な違いがあった。
日本がワーカーホリック(働き中毒)などと悪口を叩かれつつ、自分たちで必死に働いて奇跡の復興を成し遂げたのに比べて、ドイツは人手不足が始まった早い段階で外国人労働者を導入した点だ。
1955年12月、ドイツはイタリア政府と労働者受け入れの協定を結んだ。1960年にはギリシャとスペインがそれに加わり、1961年にトルコ、1962年にモロッコ、1964年にポルトガル、1965年にチュニジア、そして、1968年に旧ユーゴスラビアと続く。
当時、経済振興は国家の最大目的で、そのためには世界市場で競争力のある製品を作らなくてはいけなかった。
企業は当然、安い労働力を求め、政府は企業のその欲求を叶えることを最優先にした。
(講談社+α新書 川口マーン恵美著『8勝2敗で日本の勝ち』)
ドイツ人は労働時間は短く高給であっても不満をもっているという
「ドイツ人の労働時間は短く、しかも賃金は高い。おまけに、社会保障費も高い。社会保障費の半分は雇用者が負担しなければいけないし、労災保険は全額負担しなければならないから、雇用者側は、当然、できるだけ従業員を増やさずに、労働効率を上げようとする。
つまり、同じ時間内にこなさなければいけない仕事がだんだんと増えていっても不思議ではないのだ。
ただ私の見るところ、ドイツ人は、自分で自分の首を絞めているようなところも多い。
だいたい、働いている人が、自分の労働時間をあまりにもシビアに見張り過ぎている。
たとえば、週38時間の雇用契約を結んでいる人は、自分の労働時間がそれを1分でも超えると損をしたと思い、とても腹を立ててしまうのだ。
だから、何が何でも時間内に仕事をこなそうと皆が常に焦っていて、勤務中、極端に不機嫌だ。」(前掲書)
エネルギー政策ではドイツはジレンマに陥っているという
「ドイツで現在稼動している原発を全基廃止すると、40ギガワットの電力が足りなくなるそうだ。
現在すでに31基の原発を持つロシアは、2020年までにさらに40基の原発を建設する予定だという。
というのも、生産可能なガスと石油を、なるべく多く外国に輸出するためである。
石油とガスは、たとえばドイツに輸出すれば、ロシア国内の8倍の値段で売れるというから、そんなものを自国民のために提供するほどプーチンは馬鹿ではない。
つまり、自国の電力は原子力でまかなおうという腹なのである。
こうなってくると、ドイツの決意はなんだか間が抜けている。
緑の党の宿願通り国内での原発廃止は決定したものの、その代わりに輸入するエネルギー資源は、ロシアが自国で原発を造ってまかなってくれることになる。
一方、国境を接したフランスには59基の原発が林立し(フランスは電力の79パーセントを原子力で生産している)、またスイスには5基(同40パーセント)、チェコにも6基(同32パーセント)の原発がある。
しかもその多くは、ドイツとの国境に沿って並んでいる。
原発を自国から駆逐すれば安全というのなら、ドイツの行動にも一理あろう。しかし、そうではないことは、すでにチェルノブイリが証明してくれた。」
(徳間文庫カレッジ 川口マーン恵美著『日本とドイツ 歴史の罪と罰』)
川口氏は、実生活にもとづく経験で、日本に比べて、総じてドイツの長所よりも短所が目につき、日本がドイツから学ぶことはそう多くないと結論づけている。
次稿で、熊谷、川口両氏の著作の検証を行ってみよう。