2014年9月22日月曜日

衰退するアメリカ 7

 ここまで欧米で反響を呼んだエマニュエル・トッドとファリード・ザカリアの著作をもとに彼らの考えを検分したが、論評するにあたり、その前提としてアメリカという国の理解は不可欠である。
 われわれがアメリカについて思い描いていることについて改めて考えてみたい。
 近代の日本人にとってアメリカほど身近に感じる外国はない。そのためアメリカについてはかなり理解していると思いがちだが、それはほんの表面的なものにすぎないことがわかる。
 特に宗教について、日本人にとって理解することは殆んど絶望的である。
 キリスト教ファンダメンタリズムを日本人に教え理解させるのは猿に日本語を教えるより難しいだろう。
 キリスト教ファンダメンタリストは聖書に書いてあることを一言隻句そのまま信じる。聖書に書いてある数々の奇跡も当然そのまま信じる。
 アメリカCBSの世論調査で聖書の言葉を一言一句そのまま信じますかという問いに、実に43%の人が信じると答えている(CBS News Poll. April 6-9, 2006. N=899 adults nationwide.)。
 各種世論調査でバラツキはあるものの、4割近くのファンダメンタリストがいることは間違いなさそうだ。
 これは先進国のなかでは例外的で、開発途上国に近い。
 ファンダメンタリズムの一つで有名なクリスチャン・サイエンスの主張を見てみよう。教祖はメリー・ベーカー・エディ。どのような人物か?

 「一人の女性、なんといったらよいか、美しくもないし、人の心をひきつけるところももっていない、完全無欠ともいえないし、賢いともいいきれない、それに中途はんぱな教育しかない、孤独で、無名で、親から受けついだ地位なぞなに一つもっていないし、金もない、友人もない、つきあいもない人物。
 彼女はどんなグループにも宗派にもすがらない。
 彼女がにぎっているのは筆一本で、しかもそのせいぜい中位な頭脳につめこまれているのは、ひとつの考え、たったひとつっきりの思想である。
 最初からあらゆるものが彼女の行手をはばんでいる。
 学問、宗教、学校、大学、そしてそれ以上に、ありふれた理性、『常識』、また彼女の故郷アメリカなどが彼女の障碍であり、しかもアメリカという国は、万国のなかで最も即物的で、最も感覚が冷えきっていて、最も非神秘的な国であり、こうした抽象的な理論にとってはどこの国にもましてありがたくない土地であるように思われる。
 これらすべての障碍に対抗する彼女の武器は、自分の信仰によせる強靭で、頑固で、鈍いといってもさしつかえないような強情な信念だけであり、偏執的な憑かれ方で、うそのようなことをまことにしてしまわずにはおかないのだ。
 その成果は条理に反している。しかし、現実に対抗する妄想にこそ、つねに不思議なものの最もあきらかな兆しを見ることができる。」
(シュテファン・ツヴァイク著中山誠訳『ツヴァイク全集 精神による治療 メリー・ベーカー・エディ』)

 ひとつの考え、たったひとつっきりの思想とはなにか、その思想とは


 「つぎの公式に最もよく要約されている、『神の一元性と悪の非実在』。
 すなわち実在するのは神だけである、そして神は善であるから、悪はまったく存在しない。
 したがって苦痛とか病気の状態とかはまったくありえない。
 それが存在するように見えるのは感覚があやまり伝えているにすぎず、人類の『誤信』である。
 『神は唯一の生命でありこの生命は真理であり愛であって、この神聖な真理はあやまった考えをすべてとりのぞき病人をなおす』 
 したがって病気、老衰、肉体上の欠陥が人間をなやますことができるのは、人間が病気の状態や老衰という愚かな妄想を盲信しているあいだであり、そうしたものが存在するという精神的な観念を人間が作りあげているあいだにかぎる。
 しかし実は(これがサイエンスの偉大な認識である)『神が人間を病気にしたことは一度もなかった。』 病気はしたがって人間の妄想である。」(前掲書)

 一言でいえば、この世には神の意思しかない。死をふくめ病気、老衰などすべて人間の妄想にすぎない、ということになる。

 「最も強い人はつねにただ一つの考えしかもたない人である。  力や行動や意志や知性や精神の集中力の点で自分のうちにたくわえてきたものを、すべて彼はひたすらこの一つの方向に注ぎこみ、そうすることで世界も歯がたたないほどの勢いをもつようになるからだ。」(前掲書)

 例えは悪いが、この点においてのみ、『ユダヤ人憎悪』というただ一つの考えを持ち続けたナチスドイツのヒットラーを想起させる。

 クリスチャンサイエンスは一つの例であるが、これを含め類似のファンダメンタリストが国の4割近くも占めるアメリカをどう理解したらよいのだろう。
 科学先進国アメリカで、神の教えに反するゆえ信条から科学に異を唱える人が4割近くも占めるお国柄である。
 ファリード・ザカリアがアメリカのイノベーションは移民によって支えられているという指摘には説得力がある。

 最も即物的で非神秘的な国と思われているアメリカで、先進世界のどの国よりもファンダメンタリストが隆盛を極め全人口の約4割を占めるとは驚きの極みだ。
 アメリカの最大の特徴であろう。
さらにアメリカを特徴づけるもう一つのものがある。
 近代においてゼロから造られた国家アメリカならではの特性であり、これもアメリカの理解には欠かせない。



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