2013年11月11日月曜日

経済格差 3

 日本の経済格差は先進諸国の中で今のところ中程度である。(経済格差 1参照)
 経済格差がもたらす弊害も先進諸国の中でも中位ということになる。
 したがって経済格差の弊害を問題にする場合、先進諸国の中で、経済格差が最も大きいアメリカの事例を研究したほうがより分かりやすい。
 ここでは、経済格差について深い関心をもつ、アメリカ プリンストン大学のポール・クルーグマン教授の著作からアメリカ社会の経済格差の実体とその弊害をみてみよう。

 経済格差の実体について同教授はいう。

 「戦後(注;第二次世界大戦)の急成長の恩恵は、ほとんどのアメリカ人によって共有されたが、その成長も七〇年代の経済危機によって終わりを迎えた。
 原因は石油の高騰、抑制不可能なインフレ、生産性の低下である。(中略)
 戦後の急成長が終わってからというもの、経済成長は一時的でかつつかの間のものでしかないという感覚を拭い去ることはついにできなかった。
 平均所得は、つまり国の所得の合計を国民の数で割ったものであるが、それは急成長の最後の年である七三年以降も、大いに上昇している。
 とはいえ、平均所得はほとんどの国民の経済状態を必ずしも正確に伝えているわけではない。
 もしマイクロソフト社のビル・ゲイツがバーに入ってきたら、バーの顧客の平均収入は急上昇するが、ビル・ゲイツが入ってくる前からバーにいた人々は以前より金持ちになったわけではない。(中略)
 このビル・ゲイツの比喩でもわかるように、格差の拡大のため普通のアメリカ人労働者は生産性の向上の恩恵を受けることができなかった。
 だが、誰が勝者で、誰が敗者であったのだろうか。
勝者はビル・ゲイツだけでなく、驚くほど限られた一握りの人々であった。」(早川書房ポール・クルーグマン著格差はつくられた 三上義一訳)

 この驚くほど限られた一握りの人々が誕生した原因を次のように述べている。

 「狭い意味での経済的な要因によるというよりも、社会・政治的な要因によるだろう。それは、経営者としての才能に対する需要が高まったからではなく、CEOの巨額な給与に対する怒りにも似た反発  株主、労働者、政治家、または一般大衆からの激しい反発  が消え去ったからである。(中略)
 あるヨーロッパの企業コンサルタントがこう指摘している。”ヨーロッパではCEOの巨額な報酬に対する社会的な反発がかなり考慮されるが、アメリカには羞恥心というものがないのだ” 」(同上)

 日本の経営者にも、最近羞恥心をなくしたかのような言動をする人がいるが、アメリカの経営者にでも見習ったのだろうか。
 アメリカで、激しい反発が消えた要因として、報道機関はCEOをビジネスの天才だともちあげ、政治家は彼らからの献金により口を閉ざされ、逆に褒めるようになった。
 労組は組合潰しにあい骨抜きにされた。おまけに最高税率が七〇年代初頭、七〇パーセントだったのが、現在三五パーセントまで下がったことなどをあげている。

 経済格差がもたらす弊害についてはつぎのように述べている。

 「大きな格差は一つの社会として人々を結びつける絆をも傷つけている。また、かなり長い間にわたって、アメリカでは政府や各個人に対する信頼感が下降線をたどり続けている。
 六〇年代にはほとんどのアメリカ人は、”ほとんどの人は信頼に値する”と考えていた。
 ところが今日では、ほとんどがそれに反論するだろう。
六〇年代、ほとんどのアメリカ人は、"政府は万人への利益のためにある”と信じていた。ところが今日では、 ”限られた巨大利権のため” と考えている。
 さらにアメリカで拡大傾向にある皮肉なものの考え方の背後にあるのは、広がりつつある格差だという説得力のある証拠もあり、そのことがアメリカをますますラテンアメリカ諸国のような国に近づけているのではないだろうか。
 政治学者のエリック・アスレウナーとミッチェル・ブラウンは次のように指摘している(これは多くのデータにより立証されている。)
 持つ者と持たざる者が共存する世界で、経済的に両極端に位置する人々が、”ほとんどの人間は信頼に値する” と信ずる理由はほとんどない・・・社会的信頼感は経済的平等の上に成り立つものである」(同上)

 経済格差の弊害で特に同教授が問題にするのは、医療保険の保障である。
 裕福な国々の中でも珍しく、アメリカだけが国民に基本的な医療保険を提供していない。
 このことが国民の間により一層不公平感をつのらせているという。

 経済格差の拡大は、経済的な問題に止まらず、社会の信頼・絆を崩壊させる。
 誰しもそのような崩壊を望まないにも拘わらず。
 それにしても経済格差が原因で、アメリカがラテンアメリカ諸国のような国に近づいているとは!
 次稿で我が国の経済格差がもたらす弊害について考えてみたい。

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