犬の散歩を、毎日の日課としている。名前はヒメ、ウェルシュ・コーギーで6歳になる雌犬である。
コーギーは脚が短いせいか、成犬でも、一目子犬にみえる。そのためかどうか、時々、散歩の途中で、子供、特に女の子が、かわいいと声をかけてくる。
たまに学年を訊くと、たいてい、小学校低学年である。
先週、いつものとおり、散歩の途中、近くの公園で一休みしていたら、例によって、小さい女の子が二人、ヒメに近づいてきた。
しばらく、すぐ近くでじっとヒメを見ていた。犬に興味ありありの様子だったので、触ってもいいよ、咬まないからといったら、おそるおそる触りだした。
頭をなでてやって、といったら、素直に頭を撫でだした。頭を撫でられて、ヒメはいつものように、気持ちよさそうにうっとりした表情をみせた。
どうやら、後でわかったのだが、女の子二人は姉妹で、姉のほうが一つ二つ年上のようだった。
「名前は?」と訊いたので、「ヒメ、女の子だからお姫さまだよ」と答えたが、これにはなんの反応も示さず、ただヒメを触り続けている。
ヒメの相手をしている合間、なにやら姉の方が妹にたいし、お姉ちゃんらしく諌めるようなことばとそぶりをみせる。
10分もたったろうか、そろそろ帰るべく腰をあげた。ところが妹のほうが、のこのこついてきた、いつものとおり公園の前の道路を横切り小川の堤の緑道に沿って家路に向かったが、その子はなおついてくる。
「何歳」ときいたら、「4歳」とこたえた。さっきの子はお姉ちゃん」と訊いたら、「うん、うちは3人兄弟なの」と答えた。
訊いたわけではないが「家では、トカゲとウサギはいるけど、犬はいない」という。
「何で帽子をかぶっているの」と訊いてきたので、「寒いから」とこたえた。
その間「家はどこ、こっちの方」と方角を指差しながら何度か訊いたが、なぜかこの質問には何の返事もしない。
「迷子になるから早く家に帰ったほうがいいよ」というと、「大丈夫、道はわかるから」と返事する。
「道はわかってるから迷子にはならないよ」と間をおいて強調する。
ヒメの先を歩いたり、後に廻わったりしながら、ポツリと一言「犬の散歩は楽しい」といった。
緑道も通り過ぎ、ゆるやかな坂を上りかけたころ、見知らぬ女の人から「ヒメちゃんね、あら!このお子さんお嬢さんの」と声をかけられたので、「いえ、知らない子です」とこたえたら、その人はきょとんとしていた。
やがて坂道ものぼりつめ、いよいよ我が家に近づいた。4歳の子にしては公園からここまでは結構な距離になり、てっきりこの子の家は方角的にこちらの方だろうと、その時点までは思っていた。
そして、「家はどっち」と再度訊ね、「おじちゃんの家はすぐそこだから」といったら、一瞬まよったそぶりのあと、「それじゃバイバイ」といって、今まできた道と方角は同じだが、別の車道を一目散に駆け出していった。
それも道路の真ん中を走っていった。幸い車が少ない道路ではあったが、姿が見えなくなるまで走り続けていた。
曲がり角までせいぜい200メートル程度であるが、小さい子で、しかも夕暮れ時でもあり、最後は点になって見えた。
その姿を見送った後、迂闊にも、あの子の家が我が家の方角ではないことを知った。そして、迂闊にも、あの子が、何度訊いても、自分の家を教えなかった意味がわかった。
あの子は自分の家を教えたら、すぐに犬との散歩ができないとおそれていたのだ。
なぜか清々しい晩秋の一日であった。
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