2014年1月13日月曜日

21世紀のカルタゴ 2

 紀元前2世紀 ローマの元老院で、カルタゴに関連する2人の議員の演説の締めくくりが好対称であった。
 大カトーは「それにつけてもカルタゴは滅ぼされるべきである」 といい、大カトーの政敵ナシカ・コルクルムは 「それにつけてもカルタゴは存続させるべきである」と言って演説を締めくくった。
 が、ローマ元老院は、最後には大カトーの意見に傾き多数を占めた。カルタゴを倒してこそローマの活路が見出されると。
 史実から、この背景を探ると貴重な事実が浮かび上がる。
ハンニバル戦争といわれる第二次ポエニ戦争で無条件降伏したカルタゴは、ローマとの片務的安保条約を締結し、予算を軍備に割くことなく通商に専念した。その結果、短期間で経済的な繁栄を享受するまでに至った。
 一方、戦勝国ローマは、国家予算を周辺国との紛争解決等軍事予算にとられた。その結果財政が逼迫し苦しい経済状況となった。勝った国が苦しみ、負けた国が繁栄を享受するなど、そんなバカな!
 ローマの元老院が大カトーの演説により多く耳を傾けるようになったのは自然の成り行きだった。

 先週逝去された森本哲郎氏の著作から、この間の経緯を引用してみよう。森本氏は、氏の発案によるテレビ番組で、象によるアルプス越えを含むハンニバルの行程を実地検分するなどカルタゴの歴史に強い興味を示された方であった。

 「ローマの活路をきり拓く道は、ただひとつ、カルタゴを抹殺することである。カトーが声を大にして繰り返したスローガン”Delenda est Carthago! (カルタゴ、滅すべし!)”は、いまやローマの基本方針となった。
 しかし、どうしたら、この経済大国をやっつけることができるのか。カルタゴ政府はローマに敵意を抱いているわけではなく、それどころか、賠償金はきちんと支払い、両国の通商関係もしだいに密接になっている。
 いまやカルタゴはローマの最も忠実な”同盟国”にさえなっているのである。条約は確実に履行されており、カルタゴの元老院は、ほとんどが親ローマ派といってよかった。
 にもかかわらず、ローマはカルタゴを猜疑の目で見ていた。その猜疑心のなかには、カルタゴの繁栄に対する羨望、嫉妬、不安、恐れ、怒り、憎悪・・・あらゆる心情がこめられており、それが、しだいに脅威論へと結集していった。
 ローマ人のあいだには、十数年にわたって散々苦しめられたハンニバル戦争の記憶が、依然として消えていなかった。
 『ハンニバルを忘れるな!』 これが「カルタゴ、滅すべし!」の世論をつくりあげていったと見てもいい。
 ローマを凌ぐほどの経済力を再び手にしたからには、いつ、第二のハンニバルが登場するともかぎらないからである。
 なるほど、カルタゴは表面的にはローマに忠実なふりを見せている。ローマの要求にも従順に従っている。
 しかし、油断ならない。もともと、ローマ人にとって、カルタゴ人は理解できぬ性格の持ち主だった。抜け目なく、狡猾で、嘘つき、金もうけとなれば手段をえらばず、人生の愉しみを知らぬ働きバチ、というのが、ローマ人だけでなく、ギリシャ人にも共通したイメージだった。
 そういう人間が金を持ったら何をしでかすかわからない。そのような猜疑は、しだいに確信にまで凝集してゆく。ローマはカルタゴを抹殺する機会を、じっと待っていた。」
 (PHP研究所『ある通商国家の興亡』)

 現在の日米関係はかってないほど良好だ。日米関係をカルタゴとローマの関係になぞらえるなど不謹慎のそしりを免れない。
 が、カルタゴとローマの関係をあえて日米関係に投影してみると、細部はともかく、多くの類似点があるのに驚く。
 自国防衛のための必要最小限の武力しか持たない国と、圧倒的な軍事力を誇る国の関係の悲劇の結末は肝に銘じておくべき史実である。
 現時点で比較するかぎり経済規模で約1/2の日本がアメリカに与える影響は少なく。むしろ日本はアメリカの経済状況に大きく左右される。
 この点カルタゴとローマの関係と異なるが、国際情勢は時々刻々と変わり、各国の経済も変化する。
 今アメリカ議会に大カトーはいないが、将来とも出現しないと誰が保障できよう。
 現に中国と韓国は日本の歴史認識をとりあげアメリカ議会へのロビー活動に熱心だ。
 カルタゴと日本では多くの共通点がある。中でも注目すべきは、両者とも争いは好まず平和を望んでいることである。誰しも平和を望むが、この両者は平和に対する思い入れがことのほか強い。
 国防を他国もしくは傭兵頼みで軍事に無関心、他国に対し軍事的脅威さえ与えなければ平和を保たれると考えていることである。
 この考えが如何に間違っていたかをカルタゴは身をもって証明した。カルタゴは平和を求めたが、それを勝ち取る術を知らなかったといっていい。
 国際社会は冷酷無比、”太ったブタ” は時代を問はず、理由を問はず攻撃対象となり易い。
 カルタゴの教訓は、2000年の時を経て、いまもなお現代に生きている。

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