2016年3月28日月曜日

トランプ旋風 1

 次期アメリカ大統領の共和党予備選挙でトランプ旋風が巻き起こっている。 予備選の初期ドナルド・トランプ氏は泡沫候補とみられていた。だが予備選が進むにつれあれよあれよと勝利をかさねいまや共和党の本命候補になった。
 出馬当初トランプ氏の問題発言を、トーク番組のコメディアンは ”ジョークのネタができた” とよろこんだ。
 なにせトランプ氏は 「メキシコ人は強姦魔」、「国境に壁を築き、費用はメキシコに負担させる」、 「イスラム教徒の入国禁止」など暴言を連発したのだから。
 これら暴言に対し、”イギリスでは、トランプ氏のヘイトスピーチを理由に英国への入国禁止を求める請願運動がおこり英下院はこれを討議した”、ローマ法王は、 ”彼はキリスト教徒に値しない” 、オバマ大統領は、”トランプ氏に資格はない” と反応した。
 ジャーナリズムは例によってトランプ氏の扱いが時とともに変化した。
 彼はジョーカーだ泡沫候補にすぎない → 消え去るのは時間の問題だ → 下馬評は高いが、いざ投票になれば有権者は賢い選択をするだろう → 緒戦で勝ってもスーパーチューズデーは乗り越えられないさ。 → そしていま、予備選で過半は取れないだろうから7月の共和党大会で阻止されるかもしれないし、よしんば正式候補に選ばれても、、本選挙は身体検査が厳しいから、民主党の候補になるであろうヒラリー・クリントンには勝てないだろう。現に世論調査でもそういう結果になっている、と。

 もしトランプ氏がアメリカ大統領になったとしたらこのように論評してきたジャーナリズムは何というのだろうか。
 ”アメリカ歴史の必然、なるべき人がなった” とでもいうのだろうか。
 このトランプ現象ともいうべき事態をどう解釈したらいいのか。このことについて考えてみたい。
 近世史に詳しい識者のなかには、これはファシズムだ、国民に憎悪をうえつけるネオ・ファシズムであり、そのやりかたもヒットラーに酷似していると警告する。
 現象的にはそういう一面もたしかにある。だがトランプ氏自身をヒットラーになぞらえるには無理がある。
 彼の発言を忠実にたどれば、ヒットラーの、 ”狂信的な信念” をもちあわせていないことがわかる。彼の主張は変化しその場その場の ”受け” を狙った発言に終始しているからである。
 各種調査によれば彼の支持者の多くは、じゅうぶんな教育をうけていない低所得の白人層であり、支持する最大の理由は、彼が差別的な発言をするからである、という。
 そこにはアメリカという高度知識社会についていけなかった、または脱落した人びとの不満をトランプ氏が吸収している構図が見える。
 このことは学費を無料にすると公約している民主党のバーニー・サンダース候補についてもいえる。
 いまやアメリカの名門大学はいくら頭脳優秀であっても資金がなければ入れない富裕層の指定席と化している。
 コロンビア大学のスティグリッツ教授がいう1%の富裕層と99%の貧困層の問題だ。
 1%の富裕層がアメリカの富の30%を占め、残りの70%をアメリカ人の99%が分かち合っているという異常な構図になっている。
 富裕層はアメリカ税制を自己に有利にすべく政治家に働きかけそれに成功している。
 特にきわだつのは相続税(アメリカでは遺産税という)。アメリカの相続税は生まれながらにして経済格差を定着化させるような税制となっている。
 アメリカの相続税は2015年現在5.42百万ドル、夫婦では通算され10.84百万ドルまで非課税。一般家庭で約12億円までは非課税となっている。
 主要国の相続税の負担率は下図のとおりでアメリカがダントツに軽い。
 このような税率ではいやおうなく格差は拡大する。トランプ現象にはこのようなアメリカの格差容認の税制が一役かっていることはまちがいない。

主要国の相続税の負担率  2015年1月現在 財務省ホームページから

主要国の相続税の負担率

 トランプ旋風は直接的にはこのような白人ブルーカラーの不満の捌け口で説明できるが、彼らがなぜそこまでトランプ氏を支持するのか。
 支持する理由の第一がトランプ氏が差別的な発言をするからだという。
 にわかには信じられないがトランプ人気はこれに支えられているのだ。

2016年3月21日月曜日

タージ・マハル

 インドのイスラム建築の至宝といわれるタージ・マハルを再訪した。インド観光の目玉の一つでもあるこの聖廟は3年前とおなじく観光客が引きも切らない。
 楼門をくぐりぬけ目の前に広がる景観は、周囲から遊離した異次元の景観だ。
 今の景観は19世紀にイギリス人よって西欧風に改造されたものであるが往時は種々の草花や果樹が整然と植え込まれており、コーランにいうイスラム教の天国である緑園をイメージしたものとなっていたという。
 この景観とは裏腹にタージ・マハルは血ぬられた手で造られた。
渡辺建夫著「タージ・マハル物語」はその陰惨な歴史を地道な現地取材と手堅い手法で描いている。
 遊牧民の血をひくムガル帝国の王家には、皇位継承をめぐって皇子兄弟間での争いが絶えず ”王冠か死棺か” と形容されるほど残酷で凄惨な物語が連綿と続く。
 タージ・マハルを建造したムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンも例外ではない。
 彼は第4代皇帝の第3皇子であったが第1皇子のホスロウを殺害した。さらに先帝が死んで自分が皇帝となろうとしたとき自分の子を除いて皇位継承の可能性のあるムガル王家の男子5人を全て殺害した。
 わが国の戦国時代、秀吉が嫡男 秀頼誕生によって一旦は後継者に決めたはずの甥の秀次を一族ともども三条河原で惨殺した事件を想起させる。
 独裁権力者の行動様式は宗教、洋の東西を問わず同じということか。
 シャー・ジャハーン自身は後に第6代皇帝となる息子の3男オーラングゼーブによって幽閉され悲惨な晩年を送った。その第6代皇帝オーラングゼーブも皇位継承争いで兄弟3人を殺害している。
 ムガル王家は初代から6代まで兄弟間、父子間で争わなかった皇帝はいない。骨肉の愛憎が激しい一族であった。

 タージ・マハルは完成までに常時2万人の職人と22年間の歳月が費やされたという。なぜこれほどのものが造られるに至ったか、一つの伝承があり観光ガイドの定番となっている。
 曰く
 ”ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンの后妃ムムターズ・マハルは、17年におよぶ結婚生活で14人の子供を生んだが最後は産褥で死ぬ。
 死の間際后妃ムムターズは皇帝に二つのことを依頼する。一つは自分が死んだ後新たに后妃を迎えないこと、もう一つは自分の死後いつまでも自分の名を残すお墓るつくることであった。
 皇帝シャー・ジャハーンはこれを忠実に実行した。” と。

 物語としては面白くロマンチックではあるが真相や如何に。
渡辺建夫氏の解説はいささか異なりイスラム社会の背景から解説を試みている。
 氏によれば聖廟がつくられた理由の一つはこうだ。イスラム教シーア派であるペルシャ独特の殉教者の聖廟崇拝の習慣をインドにもちこみ、自分の妻を殉教者として祀りあげ、その霊廟をムガル帝国最大のイスラム聖地に仕立て上げようとしたのだろうと。
 男の聖戦での戦死はイスラム教では殉教者であるが女性の産褥死もまた殉教者とみなされたからである。
 もう一つはシャー・ジャハーン自身の血ぬられた過去を浄化したいという願いが込められていたのではないか。その証左に完成したタージ・マハルを見てシャー・ジャハーンがよんだという詩を挙げている。

 「罪ある者、ここに避難所を求むれば、罪業から解き放たれ、許されん。  罪ある者、この聖所を訪えば、犯せし罪のすべては洗い清められん。  この聖所の気高き姿こそは、罪ある者に悔恨の情をよびさまし、陽の光、月の光に、罪ある者は眼より涙あふれさせん。  この地上に、かくも典雅なる高殿、神の栄光とともにいま姿をあらわせり。」 (渡辺建夫著朝日新聞社『タージ・マハル物語』から)

 狂ったように権力を求め、血ぬられた過去におののく第5代皇帝シャー・ジャハーン。
 彼は晩年息子によっ て幽閉されたヤムナー河対岸にあるアーグラ城からどんな想いでこの聖廟をみていたのだろうか。

 インドの近世史は略奪された歴史でもある。16世紀から18世紀まではムガル王家によって、19世紀から20世紀まではイギリスによって略奪された。
 砂漠の遊牧民の血を引くムガル王家を山賊になぞらえれば、イギリスはさしずめ海賊ということになる。タージ・マハルの金箔や宝石類はイギリス人によって剥ぎ取られた。
 タージ・マハルはインド観光の目玉であるとともに悲惨な近世史の象徴でもある。そこにインドのかなしい現実を見る想いがする。

 だが渡辺建夫氏は前掲書でこう結んでいる。
「これほどの人がなぜタージ・マハルを訪れ、愛してやまないのか。
 ただ単にその姿の美しさ故にだけではないだろう。
そこに葬られているのが、皇帝でも、英雄でも、高名な聖者でもなく、ただ夫を愛し、夫に愛され、14人もの子を産み、子を産む苦しみの中で死んでいった一人の女性であることを、誰もが知っているからだ。」

2016年3月7日月曜日

英語公用語化論 7

 ここまでの考察で、言葉は人間が介在する社会科学分野に広く深くかかわりその行動に影響を及ぼすことが分かった。
 このことをしっかりと腑に落としこまなければならない。それなくして公用語の議論はナンセンスだ。
 従って、” 言葉は単なるツールに過ぎない、ビジネス世界の公用語は英語だから日本語禁止の英語特区を創設する。 ” などがいかに暴論であるかが分かる。

 英語普及推進派の急先鋒で産業競争力会議の民間議員でもある楽天社長 三木谷氏は、

 ” 日本人は勤勉であり、技術力もデザイン力もあるが決定的に欠けているものがある。それはグローバルなコミュニケーション能力、特に英語力である。英語能力の欠如さえなければ今日の経済的凋落を招くことはなかった。”
と述べている。
 これこそドナルド・ドーアが名付けた 戦後アメリカのビジネス・スクール等で教育された日本の”洗脳世代” が陥り易い陥穽ではないか。
 英語ができないからビジネスに遅れをとる、英語ができないから最先端の情報が得られないなど時代錯誤も甚だしい。
 今やあらゆる情報は日本語に翻訳され、日本語で読めないものは殆んどないといってもさしつかえない。
 今日英語能力の必要性を認めない人はまずいない。だが自国の言葉を犠牲にしてまで英語能力向上を図るのは明らかに行き過ぎである。

 いかに時代錯誤であるか。それは夏目漱石が既に明治時代に語ったことでも明らかだ。
 漱石は明治44年に語学養成法というタイトルで談話をしている。その談話で漱石は自国語と外国語の関係を鮮やかに説いている。

 「    語学の力の有った原因
  一般に学生の語学の力が減じたということは、余程久しい前から聞いて居るが、私も 亦実際教へて見て爾う感じた事がある。
 果して爾うだとすれば、それは何う云ふ原因から 起こったか。その原因を調べなければ、学習の方針も、教授の方針も立つものでないが、専門的 にそれを調べるには、その道の人が幾何もある。
 私は別に纏まった考がある訳では ないが、気附いた事だけを極くざっと話して、一般の教育者と学生の参考にしやうと思ふ。
 ---私の思ふ所に由ると、英語の力の衰へた一原因は、日本の教育が正当な順序で発達し た結果で、一方から云ふと当然の事である。
 何故かと云ふに、吾々の学問をした時代は、 総ての普通学は皆英語で遣らせられ、地理、歴史、数学、動植物、その他如何なる学科も皆外 国語の教科書で学んだが、吾々より少し以前の人に成ると、答案まで英語で書いたものが多 い。
 吾々の時代に成っても、日本人の教師が英語で数学を教へた例がある。
 恁る時代に は、伊達にー金時計をぶら下げたり、洋服を着たり、髯を生やしたりするやうにー英語 を使うて、日本語を用ふる場合にも、英語を用ゆると云うのが一種の流行でもあったが、同時に 日本の教育を日本語でやる丈の余裕と設備とが整はなかったからでも有る。
 従って、単に 英語を何時間習はると云ふよりも、英語で総ての学問を習ふといった方が事実に近い位であった。
 即ち英語の時間以外に、大きな意味に於ての英語の時間が非常沢山 あったから、読み、書き、話す力が、比較的に自然と出来ねばならぬ訳である。 

     語学の力の衰へた原因 
 処が、『日本』 と云ふ頭を持って、独立した国家といふ点から考へると、恁る教育は一種の屈辱で、恰度、英国の属国印度と云ったやうな感じが起る。
 日本の Nationarity は誰が見ても大切である。英語の知識位と交換の出来る筈のものではない。
 従って国家生存の基礎が堅固になるに伴れて、以上の様な教育は、自然勢いを失ふべきが至当で、又事実として漸々其地歩を奪はれたのである。
 実際あらゆる学問を英語の教科書でやるのは、 日本では学問をした人がないから巳むを得ないと云ふ事に帰着する。
 学問は普遍的なものだか ら、日本に学者さへあれば、必ずしも外国製の書物を用ゐないでも、日本人の頭と日本の言語で 教へられぬと云ふ筈はない。
 又学問普及といふ点から考へると、 (ある局部は英語で教授 しても可いが) 矢張り生まれてから使ひ慣れてゐる日本語を用ゐるに越した事はない。
 たとひ 翻訳でも、西洋語その儘よりは可いに極ってゐる。  是が自然の大勢であるが、余の見る所では、過去の日本に於いて最も著るしく人工 的に英語の力を衰へしめた原因がある。
 それは確か故井上毅氏が文相時代の事であったと思 ふが、英語の教授以外には、出来る丈日本語を用ゐて、日本の Language に重きを措かしむると同時に、国語漢文を復興せしめた事がある。
 故井上氏は、教育の大勢より見た前述の意味 で、教授上の用語の刷新を図ったものか、或は唯だ 『日本』 に対する一種の愛国心から遣ったものか、その辺は何れとも分らないけれども、要するに此の人為的に外国語を抑圧したことが、現今の語学の力の減退に与って力ある事は、余の親しく目賭した所である。」
(夏目漱石著岩波書店『漱石全集第二十五巻』語学養成法)

 漱石は日本のNationarityは英語の知識ぐらいと交換できる筈がないと言ったが、英語教育を否定しているわけではない。むしろもっと工夫ここらして英語教育を推進すべしと言っている。
 当時の新興国日本の留学生としてイギリスのロンドンで病気になるほど悩みぬいた文豪の言葉である。

 言葉の本質は、そのまま公用語についても言える。公用語を変更するとはいかなることを意味するのか。
 分かり易くするため奇想天外なケースを想定して小論を終わりにしたい。

 仮に、来世紀の日本列島で英語公用語化が完全実施され、殆んどの日本人が日本語を理解し話せなくなった世界と、日本列島は外国人で埋めつくされるがこれら外国人は日本語しか理解し話せない世界があったとしよう。
 どちらの世界の住人が日本人といえるか。

 答えは、前者は日本人とは言えず、後者こそ日本人である。これまでの推論でそうなる。

2016年2月29日月曜日

英語公用語化論 6
























































 言葉を使うのは人間のみであり、人間は考える動物である。何によって考えるかというと、それは言葉である。言葉はまた人びとのコミュニケーションの役割を果たす。
 この意味で人間は優れて社会的動物である。
 ヨハネ福音書の冒頭で言葉について宣言している。
「はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。
言葉は神と共にあった。
万物は言葉によって成り、言葉によらず成ったものはひとつもなかった。
言葉の内に命があり、命は人を照らす光であった。
その光は闇の中で輝き、闇は光に打ち勝つことはなかった。」
(旧約聖書 ヨハネ伝第1章)
 ここでいう言葉とは、神の言葉もしくはイエス・キリストその人を意味する。
 古代ギリシャの世界では言葉はロゴスであり、ロゴスとは論理である。この思想はキリスト教世界に受け継がれた。
 西洋キリスト教文明の基盤をなす旧約聖書ヨハネ伝冒頭のこの一節は 言葉こそすべてであると高らかに宣言している。
 宗教は人々の心の奥深くにかかわるゆえ人々の行動様式にも影響を及ぼす。
 近代西洋キリスト教文明は言葉を基点として哲学、論理学、修辞学などの学問が生まれ、合理主義、普遍性などの真理を求めた。
 言葉は学問の発達に深く寄与するとともに人々の行動様式をも左右する。
 この意味において言葉は優れて社会的であり、これを使う人間は優れて社会的動物であるといえる。

 一方人間は言葉がないと考えることができないかというと、そんなことはない。人間には別の側面がある。
 アインシュタインは言葉について述べている。

 「思考は言葉という形をとっては現れてこない。私はめったに言葉を使わずに考えている。
 はじめにある考えが浮かび、私はあとからそれを言葉で説明しようとする。書かれたものであれ、口頭で伝えられたものであれ、言葉や言語というのは、私が思考する際には、ほとんど役目を果たさないようだ。
 思考を深めていくうえで私の積み木となる心理的実体は、多かれ少なかれ、ある明瞭な具象やイメージとして現れ、私はそれらを自分の好きなように再生したり、組み合わせたりしている。」
(『アスペルガーの偉人たち』 イアン・ジェイムズ)

 このアインシュタインの言葉は、仏教用語の ”離言真如 ” に通じるものがある。離言真如とは言葉を超越した、または言葉ではいえない、”ありのまま” ”真実” の意である。
 仏教の論理は因果律からなっている。結果にはかならず原因があるという近代自然科学の論理そのものだ。
 この意味において、仏教でいう ”法” は 、自然科学でいう ”宇宙の法則” と同じである。両者とも言葉を介さなくとも理解できる。
 離言真如は文字通り言葉を離れたところに真理があるという思想であるから言葉に対し懐疑的である。
 自然科学はその目指す真理の探究から社会的でなければならない必然性はない。仏教にもまたそのような側面がある。

 だが西洋近代化の洗礼を受けた日本は、古代ギリシャに端を発する西洋キリスト教文明の言葉・ロゴスの影響を強くうけ今日を築いた経緯がある。
 明治期以降の日本にとって言葉の問題はいつも関心事であった。
 言葉が人々の行動様式を左右するものであるからには、公用語のもつ意味は大きい。人々の行動が公用語によって左右されるからである。
 
 人は思いのほか外面的なものに左右される。たとえば吉田兼好の徒然草にある、” 狂人の真似だと言って都大路を走るなら、その人はその時点で狂人である” のたとえの如く。
 だが、言葉は人の内面にまで立ち入りついにはその人の行動をも規制するまでに至る。
 粗野なことばばかり使っているひとは知らず知らずと粗野になり、丁寧な言葉を心がけている人は自然と折り目正しい人になるだろう。
  
 ここまで言葉が経済的、社会的に及ぼす影響について考えてきた。
 最後にこれらのことを踏まえてわが国の公用語のあり方につき考えてみたい。



















































2016年2月22日月曜日

英語公用語化論 5

 2015年11月 教育事業を展開するEFエデュケーション・ファーストは非英語圏70ヵ国91万人を調査対象とした英語能力指数を国別にランキングして発表した。
 これによれば北欧諸国が高く、南米、中東が低い。アジアやアフリカでは旧植民地国が植民地でなかった国より高い。
 同じ言語系列であってもプロテスタント系が高くカソリック系は低い、国の規模では小国は高く大国は低い。因みに日本は70カ国中の30位である。

 このデータが示唆するものはなにか。典型的な外国の言語事情を見てみよう。

 まずアジアではフィリピン。フィリピンはスペインの植民地からアメリカの影響下になった。
 このためフィリピン固有で古くから使われていたピリピノ語が第一公用語、英語は第2公用語となっている。
 最近は日本から身近な語学留学先としてフィリピンを選ぶ若者もいる。英語が第2公用語となっているためたとえ教育を受けていない人でもそれなりに英語を話し理解する。
 この国は英語が通用するため他のアジア諸国と比し経済的に離陸度が高いかというとそうでもない。むしろ低い部類に属する。
 英語能力指数 ランキング62位のタイがアジアの経済優等生といわれている。英語能力と経済離陸度の相関関係は希薄としか言いようがない。

 次に中東のイスラエル。この国の言語事情は特異である。
 19世紀末リトアニアからパレスチナに移住したエリエゼル・ベン・イェフダーは独力で文章語のみであったヘブライ語を話し言葉として復活させた。古代の言語を復活させるという離れ業をやってのけた。
 彼の功績によりイスラエルは建国時にアラビア語とともにヘブライ語を公用語として採用した。
 なおイスラエルは世界中のユダヤ人がイスラエルに集結したため英語も実質的な公用語となっている。
 このイスラエルの事例は土着・独自語から英語化という流れの逆のケースであり、社会実験的にも興味を引く。
 そのイスラエルは経済的には中東地域の優等生である。

 ヨーロッパではアイルランドの事例が興味をひく。1995年から2007年までアイルランドは目覚しい経済発展をとげ、アメリカの投資会社モルガン・スタンレーは、東アジアの経済発展著しいシンガポール、香港などの新興諸国を ”東アジアの虎” となぞらえたことに倣いアイルランドを ”ケルトの虎”と持て囃した。
 英語能力をもつ労働者、英語が通用するため外国からの投資のしやすさなどが外国資本、特にアメリカの資本を呼び込み発展の原動力のひとつになった。
 グローバル化が極端にすすみ2007年時点でアイルランドの輸出に占める外国資本の割合はが97%にまでなった。
 景気が良く労働者の賃金が安いうちはいいがこれらが逆回転しだすとグローバル資本は容赦なくより良い投資先を求めて逃避する。
 アイルランドはその洗礼を受け2008年以降不況のどん底に陥った。

 一国の経済発展は種々の要因によるため一つに帰することは出来ない。
 だが上記事例を見る限りグローバル化社会にあっても英語公用語と経済的発展の関連性はとても密接不可分などとはいえない。
 少なくとも英語能力が高いというだけで経済発展が約束されるわけではないことがわかった。
 そうであれば明治の初期 森有礼が公用語としての日本語にたいして抱いた懸念は杞憂であったことになる。

 経済的にはこのように結論づけられるかもしれないが、言語は経済以外にも人々の行動様式に与える影響が大きい。
 言語の本質について、公用語との関連で考えてみたい。

2016年2月15日月曜日

英語公用語化論 4

 激動の時代には人は物事を根本に立ち返って考える習性がある。特に従来の価値観に疑問を抱いた時にそうである。
 近世において国語としての日本語が危機に瀕した時が2度あった。明治維新の初頭と太平洋戦争敗戦直後である。

 まず明治維新初頭の国語について

 明治維新の初期、日本は西洋に比し何もかも遅れている、早急に追いつかねばならぬとの思いが人びとの頭を支配した。
 国語としての日本語もその槍玉にあがった一つである。
 西洋に追いつくためには国語としての日本語を思い切って捨て去り英語を国語化したほうが手っ取り早いという主張がなされた。
 こう主張する人の中で最も有名な人は後に初代文部大臣となった森有礼であろう。
 アメリカで外交官として勤務していた時 日本の教育(Education in Japan)というタイトルで英語で出版した。
 その中の序文で国語英語化論を展開している。

 「日本における近代文明の歩みはすでに国民の内奥に達している。
 その歩みにつきしたがう英語は、日本語と中国語の両方の使用を抑えつつある。
 このような状況で、けっしてわれわれの列島の外では用いられることのない、われわれの貧しい言語は、英語の支配に服すべき運命を定められている。
 とりわけ、蒸気や電気の力がこの国にあまねくひろがりつつある時代にはそうである。
 知識の追求に余念のないわれわれ知的民族は、西洋の学問、芸術、宗教という貴重な宝庫から主要な真理を獲得しようと努力するにあたって、コミュニケーションの脆弱で不確実な媒体にたよることはできない。
 日本の言語によっては国家の法律をけっして保持することができない。
 あらゆる理由が、その使用の廃棄の道を示唆している。」
(文泉堂書店森有礼全集第5巻から)

 Education in Japan 出版に先立って森有礼はアメリカの言語学者ウイリアム・ドワイト・ホイットニーあて英語国語化について見解を問うている。
 ホイットニーの返事は森の主張に否定的で、これをたしなめるものであった。

 「一国の文化の発達は、必ずその国語に依らねばなりませぬ。さもないと、長年の敎育を受けられない多数の者は、たゞ外国語を学ぶために年月を費やして、大切な知識を得るまでに進むことが出來ませぬ。
 さうなると、その国には少数の学者社会と多数の無学者社会とが出來て、相互ににらみあひになつて交際がふさがり、同情が欠けるやうになるから、その国の開化を進めることが望まれなくなります。」
(前掲書から)

 次に太平洋戦争敗戦直後の国語について

 アメリカの占領軍によって英語公用語や日本語のローマ字表記の提案がなされたが、前者はポツダム宣言の内容に反しているとの日本側の主張によって、後者は識字率調査の結果その利点なしとしていずれも実現しなかった。
 ところが思わぬところから日本語廃止提案があった。
小説の神様ともいわれた志賀直哉からである。

太平洋戦争敗戦の翌年、作家の志賀直哉は雑誌『改造』に国語問題を論じている。曰く

 「 私は六十年前、森有禮が英語を
語に採用しようとした事を此戰爭中、度々想起した。若しそれが實現してゐたら、どうであつたらうと考へた。
 日本の文化が今よりも遙かに進んでゐたであらう事は想像出來る。そして、恐らく今度のやうな戰爭は起つてゐなかつたらうと思つた。
 吾々の學業も、もつと樂に進んでゐたらうし、學校生活も樂しいものに憶ひ返す事が出來たらうと、そんな事まで思つた。
 吾々は尺貫法を知らない子供達のやうに、古い國語を知らず、外國語の意識なしに英語を話し、英文を書いてゐたらう。
 英語辭書にない日本獨特の言葉も澤山出來てゐたらうし、萬葉集や源氏物語も今より遙か多くの人々に讀まれてゐたらうといふやうな事までが考へられる。 
 若し六十年前、國語に英語を採用してゐたとして、その利益を考へると無數にある。
 私の年になつて今までの國語と別れるのは感情的には堪へられない淋しい事であるが、六十年前にそれが切換へられてゐた場合を想像すると、その方が遙かによかつたと思はないではゐられない。
 國語を改革する必要は皆認めてゐるところで、最近その研究會が出來、私は發起人になつたが、今までの國語を殘し、それを造り變へて完全なものにするといふ事には私は悲觀的である。
 自分にいい案がないから、さう思ふのかも知れないが、兔に角この事には甚だ悲觀的である。不徹底なものしか出來ないと思ふ。
 名案があるのだらうか。よく知らずに云ふのは無責任のやうだが、私はそれに餘り期待を持つ事が出來ない。
 そこで私は此際、日本は思ひ切つて世界中で一番いい言語、一番美しい言語をとつて、その儘、國語に採用してはどうかと考へてゐる。
 それにはフランス語が最もいいのではないかと思ふ。六十年前に森有禮が考へた事を今こそ實現してはどんなものであらう。
 不徹底な改革よりもこれは間違ひのない事である。森有禮の時代には實現は困難であつたらうが、今ならば、實現出來ない事ではない。
 反對の意見も色々あると思ふ。今の國語を完全なものに造りかへる事が出來ればそれに越した事はないが、それが出來ないとすれば、過去に執着せず、現在の吾々の感情を捨てて、百年二百年後の子孫の爲めに、思ひ切つた事をする時だと思ふ。 」
(志賀直哉投稿雑誌改造1946年4月号『国語問題』から)

 このような提案がなされること自体、当時の世相の一端を垣間見る思いがする。

 このように明治維新初頭と太平洋戦争直後の日本語についての代表的な廃止論はいずれも陽の目を見ることはなく今日に至っている。
 そうだからといって、国語としての日本語が全く安泰と言うわけではない。小学校低学年からの英語教育とか英語特区創設などかって日本の歴史で試みられなかったことが試みられようとしているからである。
 最後に、言語問題について外国の事例を見てみよう。

2016年2月8日月曜日

英語公用語化論 3

 政治学者 施光恒氏は英語公用語化に反対する学者の一人である。
 まず、施氏は英語公用語化推進の基盤をなすグローバル化史観に疑問を呈している。
 ヨーロッパは近代以前、ラテン語がヨーロッパ社会の ”普遍語” であったがこれが英語、フランス語、ドイツ語などの ”土着語” へ翻訳、土着化された。
 この翻訳・土着化の過程を通じてはじめてヨーロッパは近代化されたという。

 「人類の進歩の最も大きな段階と言ってもよいヨーロッパの近代社会の成立を振り返れば、むしろ『普遍語』 でよそよそしい知を、各国・各地域の日常生活の言葉に翻訳し、それぞれの生活の文脈に位置付けていく過程、言わば 『普遍から複数の土着へ』 という過程こそが、近代社会の成立を可能にしたものだと描けるからだ。
 『翻訳』 と 『土着化』 のプロセスを通じて、それぞれの国の一般の人々がなじみやすく参加しやすい、また自信を持って活力や創造力を発揮しやすい各国独自の社会空間を作り出す。
 近代化のカギとはそこにあったと見るべきなのだ。
 そうだとすれば、現在の 『グローバル化史観』、つまり 『グローバル化・ボーダレス化こそ時代の必然的流れ』 であり、進歩であるという見方はまったく正しくないのである。
 また、グローバル化の流れのなかで日本のような非英語圏で 『国語』 の 『現地語化』 が進めば、宗教改革以前の社会のように 『普遍語』(現在は英語)を話す特権階級と、各地の 『現地語』 を話す一般の人々との間の知的格差が復活し拡大することになる。
 『グローバル化史観』 『英語化史観』 の行き着く先とは、ごく一握りのエリートが経済的にも知的にも特権を握り、それ以外の大多数の人々は、社会の中心から締め出され、自信を喪失してしまう世界にほかならない。
 グローバル化の果てにあるのは、たとえばアメリカの 『ウオール街を占拠せよ』 の抗議運動で主張されたように、超富裕層が一国の富の大部分を手に入れ、残りの圧倒的多数が貧困や不自由にあえぐ格差社会である。
 現在のグローバル化・ボーダレス化の流れは、近代化どころか 『中世化』、つまり反動と見るほうが適切だと言える。
 『グローバル化・ボーダレス化こそ進歩だ』 『日本でも英語使用が増えていくのは必然的な時代の流れだから仕方がない』 と思い込んできた人々には、ぜひもう一度、その妥当性や是非を考え直してみてほしい。」
(施光恒著集英社新書『英語化は愚民化』)

 次に、施氏は英語は単なる ”ツール(道具)” ではないという。

 「言語は、単なる 『ツール』 以上のものである。言語は、使う人の自我のあり方(自己認識)に影響を及ぼす。
 それだけではなく、言語の使い手の世のなかの見方全体を変えてしまう可能性がある。
 また、文化や社会のあり方にも言語が大きな影響を与えている。
 重要なのは、我々の知性が言語を作ったのではないということだ。言語が我々の知性を、いや知性だけでなく感性や世界観を、形作ってきたのだ。
 日本であれば、日本語が日本人の考え方や感じ方、日本社会のあり方にまで影響を与えている。
 ゆえに、日本社会の英語化を進めてしまうことは、我々が想像する以上に、日本社会に与えるダメージは大きい。究極的には、『日本らしさ』 や日本の 『良さ』 『強み』
を根底から破壊する危険性をはらんでいる。」
(前掲書)

 楽天とファーストリテイリングの社長宛社内英語公用語化に抗議文を出した言語学者の津田幸男氏も、自著で言葉は単なるツールではなく、心であり、魂であると言う。

 「日本語を護らなければならない第一の理由は、ことばと民族は切り離せないからです。
 つまり、私たちのことばは私たち日本人と強くつながっているからです。
 日本人とはつまりは 『日本語人』 だからです。その日本語が消滅したら、日本人は日本人でなくなります。
 日本語を話さない、使わない、大切にしない、愛さない日本人は日本人ではありません。
 それほどことばと民族性、つまり、日本人であることはつながっているのです。
 日本語は日本文化の中核であり、心であり、魂です。日本語は日本の精神的支柱なのです。
 それなくしては日本も日本文化もありえません。
 『ことばと自分は何者か』 というのは切っても切れない関係なのです。
 海外滞在経験のある方はきっとすぐわかると思いますが、日本語を話せない環境にくらしていてストレスがたまっているときに、ふと日本語が聞こえてくるとホッとするという感覚があります。
 それは日本人だからです。
 (中略)
 現在 『道具としてのことば』 という言語観が支配的です。『ことばは所詮道具なんだから、使いこなせればよい。英語に影響なんかされない』 という人が結構多いのですが、そういう人たちは一度ケニアやフィリピンやインドといった旧イギリス植民地国に行って今なお続く 『英語支配』 により、今でも文化的、言語的、精神的独立が果たせていない現実を目の当たりにするといいでしょう。
 ことばは単なる道具ではありません。ことばと私たちの存在は一体であり、日本語なくして日本も日本人もありえないにです。
 日本語が英語に置き換わってしまったら、日本は日本でなくなります。」
(津田幸男著小学館『日本語防衛論』)

 津田氏はグローバル化にも反対し、むしろ江戸時代の ”鎖国” を再評価すべきと言っている。

 「日本の近代史は 『自己否定』 の歴史といってもいいでしょう。日本は 『自己否定』 しながら、欧米を模倣し、近代国家をつくりました。その過程で江戸時代までの日本を全否定してしまったのです。
 徳川幕府の 『鎖国』 政策も、否定されたものの一つです。
いわく 『鎖国』 が日本の近代化を遅らせたという非難です。この非難は欧米人の歴史観をそのまま受け入れたものです。
 日本は17世紀初頭に徳川幕府が成立したことにより、『日本型近代国家』 をつくり出したのです。
 歴史家のアーノルド・トインビーもサミュエル・ハンチントンも日本は独自の 『日本文明』 であることを認めています。
 そして、『鎖国』 は日本の近代化を遅らせたどころか、『日本型近代国家』 を発展させる原動力になっています。外国の影響力をなくすことにより、日本は自らの社会の発展と充実に集中することができたのです。日本が江戸時代に 『開国』 していたら、間違いなく外国の植民地になっていたでしょう。
 キリスト教を排除したことも江戸時代の日本を平和な国家にした一因です。
 さらに 『鎖国』 は日本人の精神にも良い影響を与えました。『鎖国』 により、情報量は少なくなりましたので、皮肉なことに、日本人の想像力や集中力が高まったのです。それが江戸時代の美術など文化の独自性につながったといえます。情報が多すぎては、人間は気が散ってしまい、集中できません。するとほんとうに良い芸術には到達しないものです。情報があふれる現代において、芸術のレベルが決して高くないのはこのことが関係しています。(前掲書)

 英語公用語化に反対する人は、グローバル化とツールとしての英語に否定的である。賛成論者とは正反対である。
 わが国は外国から入ってきた文化に対しこれを受け入れ・拒絶または修正した歴史がある。英語についても例外ではない。またわが国同様、外国の中にはことばの問題を抱えている国がある。

 英語公用語化は歴史をさかのぼりまた外国の言語事情をしらべ・検証されてはじめてその問題の所在がわかる類のものであろう。
 然らば解を求め、川をさかのぼり海を渡ってみよう。